よく飲み屋に行ったら宗教と野球の話はするなと言う。
言うっていうか、なんかの漫画で見た。
それと同じようなことをブログについても感じていて、いかに「これは俺の個人的な空間じゃけん。」などと思ってみたところで、実際、だからこそ煩わしいことになりそうなことについては、それこそマイドキュメントに保存しておくだけだったりする。
まあ、ものは言いようともいうから、そういう風にお茶を濁しつつ書いたりすることはあるけれども。
という長い前フリの後で、最近のニュースを見て思うのは、俺は後期高齢者医療制度に賛成だということだ。
やっぱり、それに伴う痛みはあろうが、それはみなで乗り越えなければいけないし、さもなければアメリカのように非常にシビアな保険制度すらあり得るのじゃないかな。
それに、その痛みが辛ければ辛いほど、自分たちは政治や社会に対して、もう少しまじめに向き合うべきだと自戒すべきじゃねーか、と。
そういう意味で、ふと思うのは、年金というのは、それ以前の世代が築いてくれた社会インフラに対する経費だ、とどこかの学者が新聞に書いていたが、究極にうがってみれば、「俺だったらもっと良い社会を築いていた」などという屁理屈をこねられたら、どう反論するのかな。
正直、今の政治とかを見ていると、そういう気持ちが少しでも起こらんわけでもない。
はっきり言って、財政とかすでに壊滅的なわけだし。
全てが全て、理想郷的な社会なんぞ無いとは思うが、やっぱりもうちょっとまともであって欲しいなあ。
最近、エコエコとよく耳にするけれど、あれはやっぱり、もう地球環境がこのままだと取り返しがつかないというシミュレーションを目の当たりにしたら、そういう動きに参加するわけであるし、そういうことを喧伝していれば、それが教育となって、いずれ常識となれば、良い結果は出てくる。
それと同じ方程式で、諸処の問題も少しずつ、解決に向けてアプローチできないもんかな。
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