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映画、DVDについて猛烈にお得開始。

酒の味

2002/07/30

酒の味というものは、酒そのものよりも、飲む環境によって決まると俺は思っている。どんなにうまい酒でも、心底嫌いな奴だとかはるかに偉い奴等と飲む酒は味がしない。逆にむかしの友は今も友、俺とお前とD五朗であっても、気の置けぬ友人と飲むだけで、とても美味しく感じると思っている。

酒を飲む環境といえば、誰にも気を使わずにすむから、独りで飲む酒も、また良い。ちょっとした冗談を思っても、滑ることは無いし、勝手気ままにゴロンと横になって、ほどけていく心身を感じることは幸せである。

たしかに、飲むと妙に人恋しくなることもあるけれど、敢えてその切なさを楽しむこともまた一興じゃないかと思う。

一番好きな酒はビールだ。あの苦味とうまみ、口腔をくすぐる炭酸は、夏に喉がからからになったとき、ビールを差し置いて飲みたい酒というものは無いと思わせる。また、食べ物との相性にあまり気を使わなくて良いざっくばらんな感じもまた良い。

他の酒も満遍なく好きである。スコッチやウィスキー、ブランデーは少しの水で割って飲む。ワインはよく冷やして飲む。カクテルは甘いものも飲むが、すぐに飽きてあまり飲めない。マティーニ、ジントニック、ラムコークあたりを飲む。

そう言えば、池袋のバーで働いている友人がいて、よくカクテルを作ってもらう。

いつもと違った酒を飲みたいとき、酸味の効いたフルーティな奴とかいった感じで頼むが、たまにはふざけてビリヤードのカクテルを作ってくれと言ったりもする。

羅紗のグリーン、レールのブラウン、手玉のホワイトの三層のリキュールに、オレンジピールで9の数字を作ったカクテルを出されて、けっこう感心した記憶がある。


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東洋のペニス

2002/07/28

先日シュウソウという中国の町がテレビで短く紹介されておりました。入村料を取るところが中国らしいなあと思いながら観ていましたが、小船をつかい川で町を巡ることができるようです。テレビでは東洋のベニス的な雰囲気がかもし出されていましたが、小生が中国に行ったとき、紹興でのった小船のおっちゃんは、運賃をしつこく不当に請求したうえに、ちょっと待ってといって小船の上から小便を垂れまして、むしろ東洋のペニスでした。

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夏の日差し

2002/07/26

昨日はこの世の何もかもが生命力に漲る夏の日差しを受けて輝いておるような、それほどに良い天気でありました。緑葉を貫く緑色の日差しに当てられていると、なんだかマラカイト鉱石のような、透き通った緑色の宝石を手にしているようでこの上ない幸福感を感じます。

こんな日に大半の人が人工的な環境であるオフィスで仕事をしているということが、仕方が無いとは思いつつも、なんか間違っとらんかという思いにかられました。そんな環境で仕事をしていると、きっと想像力も失われてしかるべきでありましょう。ワールドカップの経済効果をとんでもなく見誤ったシンクタンクの人間を思い出します。小生に言わせれば、こんな日には仕事を放り出し、照りつける太陽の下でボートを漕いだりテニスをしたりしてビールを煽る奴のほうがなんぼか立派であります。

たしかにこんな事を一人がやれば自分勝手な奴でありますが、全国民がやれば許されるでしょう。小生が日本一の実力者になったらそういうふうに権力を正しく行使するのになあと熱気にやられて妄想猛々しい今日この頃であります。

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名作

2002/07/24

小生の記憶能力はとても悪い。一度観た映画をそれとは気づかず、結末の少し前になってようやくこれは見たことがあるような映画だなあと思うほどである。そして、二度見るという事実と向き合うことが辛くて、思い余ってこれはデジャヴというやつではないだろうかと、しばし勝手に超能力化しているのでなおさら性質が悪い。

しかしデジャヴとて、視覚情報と記憶情報の時間の整合性が取れていない現象だとすれば、いずれにしても小生の欠陥であることには変わりが無い。

だから小生の責任は骨身にしみて痛感しているのだけれども、しかし映画というものは次から次へと世に出てくるのでとても全てを観られないし、観ても憶えてられないのである。

だから記憶力の無さを嘆くよりも、むしろ、「日の名残」のような好きな作品を、何度も何度も観ていいかなあと思う。そう思うと、家庭の貧弱な映像環境では必要ないと、今まで興味のなかったDVDというものも欲しくなる今日この頃であります。そのときには、「ストレイトストーリー」とか、「リトルバード」とか、「リバーランズスルーイット」とかを買いたいなあ。

諸賢らのそういう名作はなんですか。


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存在という色彩

2002/07/24

相変わらずノートパソコンの左のキーの調子が悪い 長々と文章を書く気がこれっぽちも起こらない 短い文節でこまめに変換するように心がけているし マウスを駆使することで応急対処を行っている しかし いずれにしても その動作のたび に思考が一時途切れて 散漫になる気がする

というわけで シャガールについても簡単に書くことにする

普通 人間の顔は肌色である 緑色の顔をした人がいたら 壮絶に体調が悪いか 宇宙人かのどちらかだ

けれども シャガールの「父」 は鼻の部分に緑色を使っている

しかしなぜ へたくそが撮った写真にある顔よりも シャガールの描く顔のほうが 人間を表しているのだろうか 現実に存在する人間の顔よりも もっと顔らしい顔をしているのは なぜだろうか

このような疑問から 小生はシャガールを見るたびに 「存在という色彩」なる言葉と 自分の家族に対する愛とを 思い浮かべるのである


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風呂

2002/07/21

小生は一日の中で、風呂に入っているときが一番ぼうっとしているときでありまして、僅か十五分たらずのこの時間に、なぜか昔のことを色々と思い出すという変わった癖があります。 自分自身の思い出であったり、決別した友人のことであったり、別れた恋人のことだったりします。

とりわけて思い返す人々というのは、生活する距離が遠く離れてしまったからというような自然な形ではなく、向こうから、小生から、またはお互いに、その意思で離別してしまった人達であります。

決別した出来事や理由は、他人から見れば、きっと他愛の無いことでありましょう。でも当事者達にとってはそのときどうしようもなく許すことの出来ない出来事というものもあると思うわけであります。だから、縁が切れてしまうということは人間の付き合いにおいては避けられぬことだと、半ば諦観しているような気持ちですらあります。

しかしながら、時が経ち、厳密にいえば既に当事者で無くなる頃には、かつて抱いた負の感情は薄れ、変わりに後悔と郷愁で出来た小さな心のしこりのようなものとなって、今ごろ何処でどうしているかなあと思いをはべらせるようになるわけです。

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富士山噴火

2002/07/18

諸賢らがご承知のように、昨日は歯の治療に出かけました。今回の施術は神経抜髄処置、通称マバツであります。まるでドラゴンボールに出てくる必殺技のような名前で壮絶なる凄みがあり、本当に歯医者に行きたくないなあと思わせます。

すでにそれほどまでに恐れをなしている小生が医院に到着しますと、ギリギリギリという威勢の良い音がショパンにのって壮絶に不吉なメロディーを奏でています。乗っかってる場合かようと、小生の両足は絶えず出口のほうへと向けられ、頭は塩を振りかけられた青菜のようにしょんぼりと垂れております。

なにか違うことを考えようと外を見ると、学校の理科室が見えます。理科室の楽しい想い出を思い返そうとしましたが、かえるの解剖と無残な死体がばっちりと鮮明にフラッシュバックしました。

いよいよ手術台に乗っかった小生、心なしかショパンのボリュームが大きくなった気がします。もしかしてこの曲は葬送行進曲ではないだろうかと思い、小生の小さな肝ははや潰れておりました。

しかし麻酔を打たれたために、意外にも痛みは微塵も感じませんでしたが、ドクターが「痛いのん?」と聞くほどにしかめ面をしておったようです。それはたぶんあの歯を削る音のせいだと思います。目をつぶると余計にその音に集中してしまうために、やむを得ずバキュームを行う女史をずっと見つめていたのですが、口をあんぐりと開け鼻腔の奥まで曝している小生が、麻酔のせいでうがいの水をポロポロと垂れこぼしている姿を見て恋心を抱く可能性というものは、富士山噴火なみだろうかと思う次第です。

何はともあれ、失禁童貞をまだ失わずにすんだことにほっと一安心した小生であります。

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骸骨になって闊歩

2002/07/17

このごろ、暑い。夏だから暑いのは当たり前だけれど、冬は寒さに対して洋服を重ねればよいのに対して、夏は皮膚を脱ぎ捨てて骸骨になって闊歩するわけには行かず、何の対策も無いまま太陽に炙られなければならないので、とても無力な存在であり、辛い。

しかし、その辛さを敢えて甘受し、けちることなく汗をたっぷりとかいてへとへとになったその後で、やや冷たいシャワーを浴びた後、クーラーのひんやりと効いた部屋でビールを乾燥しきった喉に流し込んだときの幸福感は筆舌に尽くしがたいものがあります。

そんな幸福感も、情け容赦ない暑さがあればこそ。そう思うと、夏のうだるような暑さも、喜びを産み育てるニクい奴だと思う次第であります。

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大不調

2002/07/16

将棋マシーンと貸していた小生のノートパソコンが大不調です。ハードディスクがカラカラカラと、まるで本体を失った自動車の車輪のような様子の音を立てて空回りしていました。とりあえず電源をひっこ抜いて、回転はとまりましたが、近いうちに起動しなくなりそうです。

それから左方向に動かすキーが、動かなくなって日本語入力がかなり難儀になりました。

しょんぼりしょげかえってます。

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遺伝子

2002/07/12

キム公のドラマが終わったらしい。小生はテレビはドキュメンタリーが大好きであり、反面、他の番組、とりわけドラマというものをほとんど見ないのでまったく知らなかったのですが、テレビをつけたらキム公が銃で撃たれて死んでいたところだけをたまたま拝見いたしました。

プラトーンとか地獄の黙示録とか、戦争の映画を見ると銃で撃たれたらとても苦しそうにもがいて、おかあちゃんとかワイフとか掠れ声でつぶやくというのに、キム光波なんと一言も発することなく、黙って切なそうな眼で死んでいき、死ぬまで格好よいなあと感心した小生であります。キム公は、出なくて踏ん張っている大便のときも、あんな黙って寂しい目つきをするのでしょうか。大便の度にヘンヘンフムフム言っている小生とは大違いであります。

まあ物語がもつ現実性の有無は、どちらにもその面白さというものがありますから、それは個人の嗜好ひとつではないかと思います。問題はなぜキム公がそこまで格好よいのかということであります。

人間というものは、遺伝子的には99.99%が同じ存在であります。キム公と小生もわずか0.01%しか異ならないというわけであります。ということは小生はほぼキム公とさえ言えるでしょう。ほんの少し、顔面の肉付きが異なるというわけであります。その僅かな肉によって小生はキム公ほど女性に受けることが無いわけであります。

そう考えますと、美人であるとか不細工であるとか言う顔の造作で人を判断するというのは、僅かな肉量に拘っているということでありまして、とてもせせこましく且つ滑稽な判断であるのだなあと思う次第でございます。

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ハイパーリンク

2002/07/07

ホームページを作ったことがある人なら、リンクページというものを作ったことがあるだろう。なにかしらんが、ハイパーリンクこそがインターネットの代名詞であるかのごとく、ほとんどのサイトにこれが存在する。だいたい、雑誌や単行本でもこのような書きかたをされて推奨されている。

しかしリンクページを更新したからといって、読んでいる人からとくべつな感謝を受けることはまず無いから、更新のモチベーションが下がり、結果としてリンクページというものはめちゃくちゃに面倒くさい代物となる。

かといって、CGIなどで自動リンクという方法をとってみても、「リンク登録したければすればいいじゃないか」という手抜きをしているようで、傲慢臭が感じられるようになる。

だから小生もこのページにはリンクをとくべつ設けようとは思わなかった。

しかしリンクをしたいと強烈に思わせるページに、年に一度くらいの割合で出会うことがある。

自分がとくに気に入っているページを紹介するというのは、自分自身について物語ることにもなるのかもしれないと思い直し、リンクのページを作っても良いかな、と思う。

まずは内田樹の研究室にリンクをしようと思う。

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ぼうふら

2002/07/06

一瞬で消え去る考えというものがある。実は今日、確かに何か面白いことを思いつき、さっそくなにか書こうと思ったのであるが、とりあえず歯を磨こうと次に思った瞬間に、その考えが小生の頭から蒸発していたのである。

思い出せないので何ともいえないが、それは小生の駄文中の駄文、駄文の金字塔となったかも知れず、人知れず悔しい。

こういう時に、超小型超高速のメモリーが脳神経に溶接されていて、そこに保存できたらかなり便利だとは思うが、そこには同時に壮絶な苦い思い出も意思とは無関係に記憶されそうで、かならずアドレスを指定して消去できる方法が無いと大変危険であるなとも思う。

しかしそんな無茶なものでなくても、人類が道具を使うことには代わりが無い。そういうメモリーの変わりに、メモ帳というものがある。最近は電子手帳、PDAがあり、雑誌やテレビのCMではこれを使うとものすごく仕事が出来て、いかしたビジネスマンであるというイメージをアピールしているが、俺はこれを使っている奴を見ると、PDAへの入力の速度と、頭脳の出力速度が等しいという、稀に見る馬鹿だなあと思う。

小生なんかがメモ帳に書くと、それはまるでくそガキに棒でかき回されて狂ったように群舞するぼうふら(湯沸)のようである。実際、赤ペンで書くと本当にそっくりなのである。

ただ字が汚いだけである。

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宇宙人

2002/07/04

宇宙人という奴らは果たして存在するのだろうか、と映画を見ていて思った。

とてつもなく遠く離れたよその惑星にやってくるほどの技術を持つ前に、その科学技術で生命体自身が滅びているのではないかと思う。

そもそもが、火星にすら有人探査を出来ないまったくしょぼくれた地球人ですら核技術で世界を滅ぼす可能性があるのだ。

以前に定置漁法というドキュメントに書いていたとおり、戦争というのはとてつ悲惨なものだけれど、それが人類の文明や科学技術の発展と不可分に相互関与していることは間違いないと俺は思っている。

両者は結果こそ異なるが、根源は「欲」から出たものではないか。欲というコインを振って裏や表が出ながら、コインそのものが大きくなって振れなくなる、そんなものだと思う。

コインを振れるうちに、かつ非常に近い距離で他の似た惑星を見つけられればエイリアンとして登場できるかもしれないがどうやら地球はそういう状況ではないようだ。

といわけで、もし万が一、他の惑星から宇宙人がやってきたとしたら、たぶん奴らはものすごく無欲であり平和主義者であり、とてつもなく賢くてかつ人格が備わったやつだと言えるから馬鹿ばっかりやっている人類をびしっと一喝したうえでしゃっきり導くであろうから、一安心である。

しかし。欲が無い動物はアミノ酸から成り上がれずにいる存在であるから、結局宇宙人はやってこないのである。

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