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映画、DVDについて猛烈にお得開始。

体験

2002/10/30

個展ではなく、カフェバーに写真を展示する形になると思う。もう少し撮りためてもいい気がしてるので、まだはっきりとした予定はたっていない。まあ、Patrickがなんていうか、奴の意見を聞いてみようと思う。ただ人にどう思われるかは分からんけれど、俺は一生に一度くらいは国際貢献ってやつをしてみたかった。人の人生の価値は、生きる人々にどれだけ直接的な影響を与えることが出来るかであるんじゃないかと思っているから。

処でいままでカンボジアの寄付の呼びかけを様々に目にしたはずだけれど、まったく記憶に無いし、寄付を行う気もなかった。こういうのは実際に経験として身に触れないと難しいんだろうなと思う。だから俺は強要する気が起きない。

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ベトナム・カンボジア旅行の食事

2002/10/29

今回の旅行では実に様々なものを食べた。焼肉、揚げた蟹のタマリンド(豆酢)、ガーリック漬け、春巻き、揚げ春巻き、エビのドラゴンパンケーキ、ソフトシェルクラブのガーリックフライ、ソフトシェルクラブのフライにレモンソースがけ、キングプラウンの蒸し物、ベトナム風チャーハン、ベトナム風うなぎ入りビーフン、牛肉のフォー(米麺)、川魚のフォー。

ベトナム料理はどれもこれも、よく口にあった。中国の影響にあり、また国内での食産物が豊富なためにこのような素晴らしい料理が存在しているのだろう。

フレンチではロブスターのスープ、ロブスターのラビオリ、ステーキ、エスカルゴ、サーモンのキャビア添え、白身魚のポタージュスープ、フォアグラのソテー、シーバスのムニエル。

市場で日常的に売られているが、新鮮な食材を使うので、どの料理も素晴らしい出来栄えである。またウェイターが執拗なくらいにあれこれと相談にのってくれるので、自分の嗜好をかなり考慮してもらう事が出来る点がとてもよい。しかしフォアグラなどは、俺には三切れはすこし多すぎた。欧米人はこれくらいの量を食べるから精がついて、つきすぎて余計なことをしでかすのだろう。

カンボジアでは川魚のフライや焼きそばのようなものやチキンの挽肉を蒸したもの、菜っ葉の炒め物、カレー、鳥の串焼き、かぼちゃのプリン、バナナのフランベなどを食べた。

日本で、中華料理屋などで、飯におかずをよそって食べるような感じであった。脂なども控えめで、あっさりしたものであった。暑い国の料理とはこういう感じになるのかなと感じた。またカンボジアでは国土の大半は森林であり、水源としてはトンレサップ湖という非常に大きな湖があるので、魚は川魚しか食べたことが無いとRは言っていた。市場には魚は多くあったが、口にする機会は無かったように記憶している。

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少女と犬とサルの写真

2002/10/27

俺は牛の写真の次に好きな一枚である。なぜ異国を感じるのかは俺も良く分からないけれど、他の遺跡の写真にある仏像には多少親しみがあるからじゃないかな。それに対して、ああいうワイルドでタフそうな女の子供をしばらく日本で見ていない気がする。ちなみにその子の唇には淡い紅が塗られていた。そういう写真はまだある。子供や籐工芸の職人や市場の写真。載せていないのはひとえに俺の怠慢である。夜の屋台を流し撮りしたものもの、実際のプリントにはそういう臭いがある。

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Rからのメール

2002/10/25

今日カンボジアのRからメールが来ていた。俺の名前が漢字で書かれていたのに感心した。

「私は元気です。今月はおきゃくさん少しいるので毎日 ひまです。きのうと今日は かんぼじゃには出安吾おまつりです。今日はこれで、体の気をつげてください。またメールです。」


さておなじく本日、引き伸ばしを注文していた写真が出来上がった。四つ切の写真はなかなかの迫力である。しょぼいスキャナでちょこんと載せた写真がいまさら虚しくなってしまった。

その四つ切を見た数人の知り合いから写真を譲ってくれと言われた。その他の友人知り合い親戚などありとあらゆる関係の人々に売りつけてやるのである。そして、その収益で、服や歯ブラシや絵本やクレヨンやらを孤児院に寄付する計画である。来年までには実現したい。

しかし、写真の公開後、普段の倍のアクセスがあったが、感想を送っていただいたのはただ一人である。その他の人間にどういう事情があるのかしらんと深く訝る今日この頃だ。

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なぜ同胞を殺したのか

2002/10/24

さっそく感想を送ってくれた方、どうもありがとう。BINSにあることはお分かりだろうか。俺は自分の写真に対する意見をとても楽しみに待っているので、好きな、嫌いな写真を簡単にでも理由をつけて頂けるとたいそう嬉しい。

さてカンボジアで行われた虐殺について、簡単にご説明さしあげたいと思う。もともとはフランスの植民地であったカンボジアだけれど、ベトナム戦争の影響で独立の機運が高まった。そこでカンボジアからフランスへ共産主義を学ぶために留学した若者がいる。留学を終えて、さまざまな派閥による権力闘争の末に、ポル・ポト(本名サロト・サル)率いるポル・ポト派がカンボジア掌握に成功する。

ポル・ポトは都市の住民を農村に疎開させ、農業による国の自立安定を図る。しかし農村では新たに増えた人口をまかないきれない。これは政権が機械による農作業を禁止し、生産性が向上しなかったせいもある。また、収穫された米もすべて政権に持ち去られてしまう。その米は一説にはアフリカの共産主義勢力に送られたとも言われている。

疲労と飢餓の中で、元都市住民、新人民と呼ばれる人々に対する激しい差別が生じる。

また生産性があがらない現実に対して、ポル・ポトはこれを資本主義勢力の陰謀のせいだとし、反乱分子を徹底的に捜索するように命令を下す。そこで村の村長は少年を密偵として使い、ただ「腹が減った」という一言、椰子の実を一つ盗んで食べただけで簡単に処刑を行うようになる。その村長の上にはまた地区長がいて、村長を監視する。この恐怖政治の体制は「オンカー」と呼ばれる。

こうして隣人が隣人を監視し、同朋が同朋を殺戮する異常な体制で、じつに人口の5分の1にあたる150万人がわずか3年半の間で殺された。疲労しきった国民は反乱をおこす気力も奪われていた。

結局ポル・ポト体制は、別の勢力がベトナムに逃げ込み、ベトナム軍とともにカンボジアに侵攻し、またその行程の途中にカンボジア国民や軍人が加わって打倒される事になる。しかし、この行為を国際社会はベトナムの侵略行為だとみなし、なんの手助けも加えなかった、それどころかアメリカ、中国、ASEANはソ連の支援するベトナム軍に脅威を感じてむしろポル・ポト政権の正当性を認めた。そのためにポル・ポトは生き延び、再び勢力を持ちつづけるという状況となった。

結局、大虐殺の事実がゆるぎないものとなり、またポル・ポトの死亡によってポル・ポト勢力は衰退し、現時点ではほぼ壊滅状態にいたる運びとなった。

これ以上詳しいことは、井上恭介、藤下超 「なぜ同胞を殺したのか」を読んでもらいたい。俺は途中で2回ほど泪が出そうになった。

結局、サルは20世紀最大のクソ馬鹿野郎だ。フランスに行き、共産主義のドグマを勝手に解釈して理想化し、学んだ気になって帰国する。そのドグマによって権力を握ったのだから、奴にとっては権力=ドグマである。常に権力を失うことに怯えていた奴は、その体制維持の努力をドグマの強化によって執り行い、結果として恐怖政治の体制を敷く。ほんとうに、馬鹿が教条を手に入れて熱狂するとろくなことが無い。俺はサルは20世紀最大のクソ馬鹿野郎だと思う。

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2回分の呑み代

2002/10/22

スキャニングを終えてた。思っていたよりも疲れなかったな。WEB用だからなんも考えずにスキャニングした。だけど構図が気に入ってる写真が哀れなJPEG画像でしか載せられないのはジレンマがある。プリントを見て欲しいなあと思う。

R大学の写真部をコキ使って、ぜひともファインプリントに仕上げたら、欲しい人に譲り、カンボジアの子供達に何か送ることが出来たらなかなか宜しいのではないかと夢見る今日この頃である。

お前ら2回分の呑み代を我慢して買いやがれ。

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R

2002/10/20

たまに旅行はなんでも一人で貧乏旅行をするのが一番と思っている奴がいて閉口する。特に若い奴にそういう傾向がある。俺はどんな種類の旅行であっても、旅行者という気軽な傍観者の身分から解脱することは不可能だと思っているので、そういうくだらない考えを聞かされるとうんざりする。

たしかに旅行の道程で感性に刺激を与えられる場面というのは人それぞれであるから、団体旅行できっちりと建てられたスケジュールであるとなかなか満足を覚えることは難しい。貧しい国で庶民の生活からかけ離れたレストランに行くというのも寂しいものである。だからどちらかというとそういう旅行は俺の好みではない。しかしそれは貧しい国に外貨を余計に落としているということでもあるから、一概に否定する必要は無いと思う。

今回のカンボジアは現地のガイドが遺跡を案内してくれた。彼の名前はリェサイといい、年齢は22歳である。幸いなことに、彼が計画したスケジュールには余裕があって、割とのんびりしていた。一人で遺跡をぐるぐると廻り、しばらくたって彼の姿を見つけると、じゃあ行きましょうか、といった風であった。差し障りがあるので詳細は書かないが、食事やその他、彼は予算の中で精一杯都合してくれたようで、かなり楽しい思いをさせてもらった。

大人しく、小声で話す彼とは、遺跡のことよりもむしろカンボジアのこと、日本のこと、ベトナムのこと、カンボジア経済のこと、カンボジアの子供のこと、僧侶のこと、食べ物のこと、妹のこと、食べ物のことなどの話をした。ただ壮絶に悲惨な内戦や、ポルポトの圧制の歴史の傷跡がいまだ大きく残っているから、こちらも考えながら話をした。

ずっと俺がポンティコンを食べたいと言っていて、だから彼が最後の日にお土産で卵をくれたのだが、日本に帰って暖めたら殻が割れて小鳥が出てくるんじゃないか?と冗談を言ったら、彼は心の底から笑っていて、それが一番に記憶に残っている。

ガイドが付く旅行は今回がはじめてであったが、そのようなわけで、想像以上に素晴らしいものだった。それはガイドが現地の若い人間であったからだろう。はっきり言って、言葉が通じない人間が現地を自分の足で歩き、「見た」つもりになる旅行よりか、ずっと有意義なものであった。

たしかに貧しい国ではガイドという職業は一般的に行ってなかなかの高給取りである。しかしそれでも、彼らは紛れも無く現地で暮らす人間である。遺跡の周辺では子供の物売りが沢山いるが、彼はその子供達に対して特別にモノを売るなという姿勢はとらず、またこちらに買えという姿勢も取らず、ただ黙ってわれわれに判断を任せていたし、買いたいものがあるなら、買えるのであればどうぞ買ってくださいという優しく穏やかで静かな目をしていたのである。

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シェムリアップ

2002/10/18

カンボジアの滞在地、シェムリアップでも市場に出かけた。いったい何故か俺は市場が好きだ。朝ホテルを出てから、バイクタクシーを呼ぶ。しかし彼らは英語が出来ないのでまごついていると、一台のバイクワゴンが来た。二十代の中肉中背の男である。彼に市場まで連れて行ってくれと頼む。料金は二人で2ドル。赤色の台車に緑色のビニールの屋根をつけたワゴンに、さっそく乗り込み出発する。砂埃があとからあとから眼球を襲い、大変に苦しむ。ゆえに泪で朧げに霞む町並みが流れつつ、市場へと着く。

俺はどうしてもアヒルのゆで卵が食べたかったので、そこいらで尋ねるが、売っていない。ある屋台で朝食を取っていた青年が詳細な場所を教えてくれたので、行ってみたが、やはりそこにも無い。仕方なしに屋台で朝食を食べる。バイクワゴンの男性を誘うが彼は照れたような笑いを浮かべて断る。それで自分達だけでご飯を注文したが、彼も自分のお金で麺とご飯を注文して、結局同じテーブルで食べることになった。カンボジアには食事を奢るということがなにかまた違った意味を持つのかもしれないが、とにかくその事で彼に漠然とした好感を抱いた。

彼は他に行きたいところはあるか、時間があれば色々と連れていくよ、と行ったが、残す時間はわずか30分程度であったので仕方なく断ると、すこし残念そうな顔をしていた。結局、市場の近辺を流してもらって、散髪をする親子や托鉢をする僧侶、寺院などを見てホテルへと帰った。小一時間ほどのタクシーでの徘徊であった。時には何十人も乗り込んだトラックと併走した。

ホテルへ到着すると彼はガイドつきのツアーは高いので、次はぜひタクシーを使い、自分達だけで廻りなよ、と呟いた。オーケー、と俺は彼に2ドルを払い、握手をして別れた。握手をするのは今回の旅行でなぜか身に着いた癖である。

他の旅行者が俺の話を聞き、2ドルでの乗車を試みたが、曰くそれは冗談だとことごとく断られたそうだ。たしかにこちらでもジュース2本分、料理二皿の値段である。なぜ彼が2ドルと言ったのか、俺には分からない。なぜ彼が飯を断ったのかも分からない。分からないことだらけだが、だからこそもう一度、彼に会いたい、と思う。

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トンレサップ湖

2002/10/18

カンボジアにはトンレサップ湖という非常に大きな湖がある。そこにはあまり大きくない村があるのだが、現在は雨季なので湖上に家屋が立ち並ぶ格好になる。ボートを借りて、湖上に出る。20分ほど進むと、乾季にも水がある本来の湖に到着する。そこは、太陽の光を受けて白く輝く湖面と、霞がかる空とが、白一色の無の空間を作り出す。さながら異次元の世界に迷い込んだようである。

湖上の売店でジュースを買う。売店にも当然家族が住んでおり、生簀に魚を飼ったり、テナガザル、ニシキヘビ、ウサギ、アナグマ、コウノトリ、ペリカンを飼っていた。ここで産まれてはじめて蛇を首に巻いた。ひんやりして意外に固かった。かるくきゅっと首をしめられて顔が引きつった。蛇を首にまいてくれた少女は5,6才で、薄い化粧をしていて、別れ際には、愛想よく二つの外国語の挨拶を口にした。

ボートを降りると、小さな女の子がよってきた。俺が手にしたジュースの缶を指差してねだる。俺が渡すと、すぐに軽く振って確認し、空なのを知って、アーアと声を出してどこかに走っていった。俺の身体にはなにか得たいの知れない酸っぱいものが駆け巡った。その正体は、怒りだろうか悲しみだろうか。それともそれよりずっと前のemotional Xと呼ぶべき感情だろうか。

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ポン・ティコン

2002/10/16

カンボジアではポン・ティコン、ベトナムではホッ・ヴィッ・ロンとよばれる、アヒルのゆで卵がある。この卵にはすでに孵化前の黒い幼鳥が鎮座している。これをカンボジアから持って帰り、昨日たべてみた。だいたい十五分ほどに茹でてから、熱いうちに塩と胡椒とレモンで食べる。冷めてしまうと臭いが出てくるので熱いうちに食べなければならない。

中華料理屋で茹でてもらったが、その中のひとつにヒビが入っていたらしく、茹でた際にひとつ中身が飛び出してしまった。縮こまった黒と黄色の大理石模様の小鳥がゴロンと横たわっていて、それを見た中国人の店員がものすげえ嫌な顔をしていて傑作だった。頼むから店の外で食ってくれと言われて、しぶしぶ外に出て食べてみた。

ものによっては骨がすでに硬くなっているものもあったが、味はまったく卵そのもので、中の液体はスープのようである。美味しかった。卵の殻の形のプレスを受けるためか、見た目はそれほど小鳥の姿を留めてはいない。しかしその例の大理石模様とそれを覆う毛細血管を見て友人達の多くはもう食べる気がしないといっていた。たかが小鳥を食べられないとは、動物としての弱体化も甚だしいと僕は酔って友達をおおいに紛糾してさしあげた。

野外で食べたので、写真を撮れずに残念である

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旅の日記

2002/10/14

今朝は昼過ぎまでぼちぼちと旅の日記を書いていた。時系列にすると文章は膨大になるから疲れてしまった。昼過ぎに現像された150枚の写真を受けとりに行く。なかなか良く取れていた。数日後にはモノクロで撮ったアンコール遺跡群の写真がまた150枚できあがるのでそちらのほうも楽しみだ。友達と会いビリヤードをしながらいろいろと話をした。あっというまに一日が過ぎた。時系列で書くことを断念して、事柄をテーマに書いていこうかと思う。

人について。食事について。建造物について。戦争について。歴史について。写真について。その他。そして自分自身について。

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帰国

2002/10/13

今朝帰国した。ベトナムは楽しかった。カンボジアは凄かった。明日には写真が出来るので楽しみだ。いろいろと考えることもあったけれど、いまはまだ全くまとまっていないので、ぼちぼち書いていこうと思う。

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雑感

2002/10/11

★ベトナム・カンボジア旅行までもう日が無いというのに、喉を痛めて熱を出した。喉の痛みを感じながらも、知り合いにジャズのライブに誘われたときに無理をして出かけたせいであり、反省している。ただ、旅行の所為で、養生すべき肉体とは裏腹に気持ちは徐々に盛り上がって、なかなかじっとしていられない。そこでなんとか今日、だいたいのスケジュールを決めた。あとは快復するまでじっとしていようと思う。

★音声チャットを知り合いと試してみた。ほぼ普通の電話とおなじ音声である。キーボードを打つ手間が省けるのでだいぶ容易でありまた楽しいものであるけれど、どうも普通の電話とおんなし感覚になってしまうため、なにかをずっと喋りつづけなければならないという、薄い強迫観念があるように思われ、けっこうどうでも良い話題なども話すことになった。常時接続がある人は一度やってみると面白いと思う。

★映画「マレーナ」がなかなか面白かった。

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iPOD shuffle
(512M)。Appleは値引きが無いが、Amazonで買うとポイント還元で最安。別売り充電器が必須 っぽい。安いから1Gのほうでも良いかなと思った、レビューはここ

最近買ったお気に入り


SONY RDR-HX50
田村正和なスゴ録。死ぬほど便利だなこりゃ。詳しくはレビューを見たまえ


ブルガリ プールオム

俺の香水史上で最もダントツに良い香り。甘すぎず爽やかすぎず。普段香水とは無縁なヤツもこれで意外性をアピールしとけ。プレゼントにも良し


Studio Apartment
「World Line」
ボサノバ+ハウス=ボッサハウスとかいうジャンルらしいが超ノリ良し。家でも車でもいいからまじ聴いてみろっつーの。


ボッサ・ア・ラ・モード
「bossa a la mode」
Jamiroquaiの"Space Cowboy"ボッサハウスリミックスを聴くためだけに買いました。女性ヴォーカルがカヴァーしとります。ジャミロクアイよりグルービーになってた。

KOKUYOのAGATA(チェア)。疲れ知らずだし超キモチ良い!ただし定価は高い。ヤフオクなどで中古をゲットするのが賢い。それにしてもかっこいいな。