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映画、DVDについて猛烈にお得開始。

ザッピング

2003/02/27

SONYのハードディスクTVレコーダーのCMを見た。なんでも、ユーザーの嗜好に応じて、勝手に録画してくれるという。どうやってその基準を作成しているのか、とても気になる。

ただ、チャンネルザッピングしているときに、ふとそれまで興味のなかったものに惹かれたりすることもある。そういうことが出来ないとしたら、少し残念である。

人間関係においても、自分の嗜好するタイプの人としか付き合わないというのは、どうも刺激のない狭小な世界であるような気がする。

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ラボンダンス

2003/02/24

池袋東口を出て、明治通りをビックカメラのほうへまっすぐに進むとやがて六つ又交差点に出る。その少し先にラボンダンスというフランス料理店がある。

俺はそこに月に二辺ほど食べに行く。俺はワインが余り好きではない(スパークリングワイン、シャンパンを除く)ので、もっぱらランチを食べる。ランチだと、昼間から酒を飲めるかよという理由で、ワインを飲まなくてもいい気がするからだ。小市民的な理屈であるとは思うが、そう思うと気楽なのでしかたが無い。まあ、食前酒で軽くジントニックを飲んだりする。ともかく、ランチだと3000〜4000円程度と値段も張らず、気取り無く食べられて、緊張してものの味もよく分からんという無意味な行為だけは避けられる。

味はやや濃い。しかし、パンを共によく食べるから、むしろ丁度良いと感じる。

メニューは前菜と主菜、それぞれ一品ずつ選ぶ。前菜はフォアグラのソテーが美味しかった。主菜は仔牛のソテー、魚料理が美味かった。メニューは二月に一度ほど変わるそうである。

ところで、ある人とこの店に行ったとき、俺もなんとなく知ってるんだけど、と断るようにして言われてから、フランス料理のマナーは何がある?と聞かれた。

俺ははっきり言ってよく分からない。

ただ、他の人の不快になることだけしないようにすれば、別にどうだっていいんじゃないかと思っている。よくスープは音を立てずに静かに飲むというが、それも程度問題で、隣席の会話を邪魔するほどの音を立てなければいいだろう。それから煙草。飯を食い終わったら吸ってもいいと思う。ただ、同席者はもちろん、周りの席の食事が終わっていなければ、駄目だ。それは相手が誰であれ、俺ははっきりと言う。服装も、小奇麗なら何でも良い。ワインのテイスティングもアルコールが飛んで無いと分かれば良いんじゃないか。

とまあそんなところだが、あとは個人的に、飲み物を飲む前にナプキンで口を拭う、パンは予め千切っておく、料理も二口三口分切っておいて、左手にパン、右手でフォークを持ってともに食べる、それくらいのことをしている。ナプキンで拭うのは、俺がグラスにべっとり油がつくのを見るのが個人的に嫌だからである。料理の処し方は、ただそうしたほうが楽だからである。

そういえば、以前、ものすごくお金持ちの人と同席してフランス料理を食べたが、お金持ちの特権なんだろうか、ものすごく好き勝手に食べてたのがいまだに印象的である。マナーというのは、そういう人達が遊びの一種として作ってるものじゃあないかという気もしたのである。

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意図

2003/02/17

銀塩写真と平行して使用しながら、やっぱりプリントした写真を見るのが好きだという結論が出てから、今はもうデジカメを持ってない。前にも書いたが、すげえ奇跡的に良く撮れた写真を四つ切なんかに伸ばして額に入れると、見栄えがして、我ながら出来の立派さに酔い痴れることが出来る。他人が見ると呆れてしまうと思うがなんとも幸せである。

さてまたホームページの写真を変えた。スキャナから取り込むと画像の様子が芳しくないので、かつてデジカメで撮りためた中から選ぶ。今回は花である。花というとすぐにクローズアップした写真が思い浮かぶ。実際、写真の本などを手にとって見れば分かるが、そういう風に映されたものが多い。そして、春の風は強いので、風が止む時を待って写しましょうなんて書かれている。

そういう風に撮りましょうと書かれて、さてその通りに撮る奴は馬鹿じゃないかと思う。

だって誰が撮影しても同じふうにしか写せないように撮るってことだからだ。

技術やセオリーは大切だが、それは表現や意図のために存在するのであって、技術を教えられた通りにこなせば表現が達成できるわけではない。

今回の写真は思いっきりぶれさせた。セオリーもくそも無い。だが花の写真がたとえ数百枚あったとしても、これは自分で撮った写真だと一目でわかる。そういう風に撮りたくて撮った写真だからすぐわかる。もし、セオリーどおりの写真なら、俺が撮った写真かどうか、同じような写真の中では分からなくなるだろう。

だからこの写真は良いという事ではない。ただ意図があることだけは確かだ。花ざかりの枝に風が吹き、色が溶け出す叙情、そして散る花の生命、風の香り、・・・そんなのが伝わるかどうかは、しらん。

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火照る

2003/02/16

ふつう世の中で、自分自身が明確な順序をつけられる状況というものはあんまりない。

しかしアスリートの世界は違う。特に個人競技の場合は、勝敗という形で明確に優劣が決する。その競技だけで自分が測られてしまうのである。そういう世界はとても厳しく、潔いものである。

俺も、ビリヤードの試合に出る。勝ったり負けたりする。口では、毎日ビリヤードをしている奴には勝てっこないさと嘯く。そしてそれは事実である。しかし、悔しい。あからさまな優劣、つまり勝敗を決しめられるからである。こんなポケーっとした奴に負けてしまった!と。とりわけ、「負ける展開じゃないだろう」というような試合に負けてしまうと、悔しさと憤りで体が火照るほどである!

人間というのは、競走馬ではないのだから、いろいろな価値基準で図られるべきだと思う。頭の良い奴もいれば、お人よしもいて、金持ちも居れば慎ましく暮らす人が居る。スポーツが出来る奴がいる一方、芸術に秀でた人間もいて、それでよいと思う。

しかし、単純な世界で得られる、ああいう火照りというものも悪くは無い。自分自身の力で優劣の階段を昇ったり降りたりする世界での喜び、悲しみ、憤り。

そしてその火照った躯を帰路に降る小雨に打たせたりすると、なぜかすこぶる爽快であったりする。自分でも、こんな状況は格好つけすぎだと客観的に思い、恥ずかしい。が、その爽快さは事実であり実感であるから仕方が無いのである。

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ブーニン

2003/02/12

昨日六本木のサントリーホールにバイオリンの演奏と、ブーニンのピアノ演奏を聴きに行った。バイオリニスト3名、ピアニスト1名の4名で合計演奏時間は3時間である。

小生は生真面目な性格上、ずうっと集中して聞いていたために、大変疲れてしまい、もうくたくたで不機嫌になった。そして昔王侯貴族が音楽をこんなに集中して聞いていたのだろうかと想像してみた。きっとそんなことは無いと思った。適当に喋りながら、なにか口にしながら、とにかく何かをしながら聴いていたはずである。しかし、貴族はお金持ちであるから、何度も何度も聞くことが出来たはずである。そして音楽の旋律が徐々に身にしみたはずである。そして、そのように聴けば気疲れもせず、美の世界に触れることが出来たはずである。そういう聴き方をしたほうが良いのじゃないかと思った次第である。

しかし、ブーニンは凄い。あの繊細でありながら音の粒が波に乗って躍動するタッチは感動的である。

それにしても、ああいう一流の芸術家、表現を為す人というのは、きっと俺の知らない世界を見られているのだろう。そう考えると、すこし切なくなりながら帰途についた小生であった。

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映画 「黙秘」

2003/02/09

映画「黙秘」(ビデオ)を見た。スティーブン・キングの「ドロレス・クレイボーン」が原作の映画である。原作とはすこし話が異なるということだが、しっかりとした脚本であり、ジェニファー・ジェイソン・リーの演技も良し。良い映画だった。人間関係において、起こった出来事というものをいくら積み上げても心は伺えない、ということ思った。まったく心というのは難しい。

しかし、逆に都合よく考えてみる。俺はホームページというものを開設していて、わずかばかりの人がこれを見に来て、気が向けば感想を送ってくれる。それらの感想をまた俺が見る。そしてこれらの人々と直接会ったことは無いが、直接に会うという出来事が無くても、相通じるものを持つことが出来るような気がすることもある。これは形の無い繋がりであると思う。


評価:★★★★☆

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映画 「π」

2003/02/07

映画「Π」(ビデオ)を見た。なかなか綺麗なモノクロ映像を写しているなというのが第一印象だった。かつての師が同じ数字を残して心臓発作で死ぬという話は良かった。教え子から老いた精神を紛糾され、それに焚き付けられた自尊心と、また師としてなお数字のなぞに迫る危険を身をもって教えたという意味が含まれていたからだ。

しかしなぜに円周率は割り切れないのか。たかが円の分際で生意気である。しかも真円というものを俺は見たことが無いはずだ。だから見ているのは常に幻であって、ますます生意気だと思う。正体を見せなさいと思う。

ちなみに地球は蜜柑みたいにちょっと潰れているということを、小さいときに読んだ漫画百科事典で知っている。


評価:★★★☆☆(+0.5)

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試行錯誤

2003/02/05

実際は、組まれたスケジュールや段取りで一杯一杯になるというのが現実だとは思うけれど、やはり仕事をする上で、試行錯誤してみるというのは大事なことだと思う。いつもやっているやり方を少し変えてみる、やったことの無い方法を試してみる。その結果が少しでもより良いほうになると、これはちょっとしたことでも発見であり、誰に評価されずとも、自分が満足を感じる。

そしてまた、そういう仕事のやり方を試行錯誤するということは、創造力を養うことにもなる。頭の回転力が増す。気の利く奴になる。逆に試行錯誤を全くしない状況は、同じ事を何度も行うということである。自分が退屈するし、何の成長も無い。

もちろん職種にもよるけれど、俺は個人的に、頭の切れる奴よりも、気の利く奴のほうが仕事を一緒にやりたいと思う。頭の効く奴のほうが将来的な成長力があると思う。

電車の踏み切りの遮断機はどちらから先に降りてくるか。分かりきったことだ。しかし、その事を考えたことがあるかどうかというのは意外に大きな差だと思う。

試行錯誤は挑戦と発見と創造だ。マンネリを破壊する自らのための改革だ。

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少年犯罪

2003/02/04

少年犯罪のニュースをみて、思った。ガキは基本的に失うものが無い。しかも、日本の刑法では、少年 = 20才未満のもの
 1) 14才未満 → 家庭裁判所
 2) 16才未満 → 検察庁へ送致できない
 3) 16才以上 → 検察庁へ送致できる
となっている。罰=失うものと考えたとして、やはり成人の犯罪よりだいぶ軽い。しかしいまは一昔前よりも悪事の情報を入手しやすいから、少年でもオークション詐欺なんていった犯罪を起こすことができる。だが刑法は相変わらずであるから、相対的に罪に対する罰が軽くなっているように思える。そこで俺は、ガキどもに教育したいとおもう。「大切なものを失う」ことを徹底的に教えたいと思う。まず犯罪を犯した少年は親族その他知り合いに面会することを禁止する。まあ極刑は二度と親や知り合いに会えないくらいでいいだろう。ちょっと厳しいが極刑というくらいだから良しとする。そして、もれなく全ての受刑者に、カンボジアの地雷撤去を3年やってもらおう。自分の命が失われる恐怖と戦わせよう。最後に、2)はこのさい撤廃しておこう。

ただし少年犯罪が増加したというのは、ここ五年に限った話である。しかも、総数ではかなり減少してきているという。それでも、ここ何十年かの日本の社会状況を考えると、生活のためとかいう逼迫した事情のある犯罪は確実に減っているだろうから、引き続き少年をどう「教育」するかという問題として、少年犯罪を考えるのは悪くないと思う。

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