季節 春
2003/04/30
今日の暖かな陽光の中で読書をしながら、しかし季節はよく飽きもせず何度も巡ってくるものだと呆れたような気持ちになった。あんまり気持ちが良いのでどこかへ出かけ、日光に打たれてようかという気になった。海が見たいと思った。しかし東京ではいたるところに人がいる。自然を見たいと思って人の群れの中に居るようになるのはまったく気持ちが悪い。億劫になって仕方なく読書を進めた。
けれどあまりに天気が良いので池袋まで散歩に出た。近所の寺に行くと躑躅がえらい勢いで咲いていた。ガキの頃に吸った躑躅の蜜の鮮烈な味を思い出した。
寺を出て、池袋まで通じる商店街を歩く。中にごく目立たない公園の入り口がある。どれくらい目立たないかというと、5年その道を通っていて気が付かないくらいの小さな入り口である。中に入るとぽつんと200平米くらいの公園がある。中にはログハウスがある。小さな池がある。大きな木が2,3本ある。猫が2,3匹居る。
公園の、面積と内容とがまったく不釣合いである。どこかに何か隠された秘密の入り口があるのではないかと思っていろいろときょろきょろしてみたが、何も無かった。
読書をする女が一人居ただけであった。
選挙運動(2)
2003/04/29
間中の前半はわりとノンビリしているが、中盤から必然的に盛り上がってくる。この頃になると事務所の中の人間関係も出来てくるので、妙な連帯感が産まれたりする。
そのなかで忙しぶって意味も無く殺気立ったり、喫茶店でウグイス嬢を口説いたり、当選後の話を腑抜けた顔でしたり、運動員からこれという奴に議員立候補の話を冗談半分で持ちかけたりする人間がいてなかなか面白いものである。ただしみな、候補が当選すれば必ず自分に利益があるものと信じて行動する点では共通している。たとえば首長選挙などでは大きなホールで演説をするが、運動員がみなキビキビ動くのはその為である。
後半になると対立候補との争いが生じる。中傷ビラや陰険な妨害工作があったりする。そこで運動員が選挙事務所に泊り込んだりするが、深夜、嵐の中で一人選挙カーにいるのはわりと怖かったりする。
選挙はたいてい現職有利である。新人が当選するためには、ブレインが、現職との差異を明確に訴えることが出来る方法を考え、効果的に実践できるかどうかにかかっているのである。
それが出来ないと残念ながら落選である。候補者、支持者、運動員はテレビの前で結果速報をそろって見る。落選が分かるとみな膝から落ちて物も言えない。流行の感冒に犯されて微熱の引かない患者のような顔をして散り散りになるのである。
したたかな運動員は、その後でウグイス嬢との付き合いを始めたりする。同じ病気にかかっていたふりをすれば、そんなことは造作も無いことである。
選挙運動(1)
2003/04/26
ただいま板橋区は選挙運動まっさかりである。夜の8時ぎりぎりまで選挙カーが候補者の名前を連呼しながらウンウン走っている。選挙カーは候補者を乗せるものと、応援演説用の2台が使える。スピーカーから訴える文句は、少しは頭を使ったらどうなんだと思えるほど変り映えのしないものである。候補者とそのブレインもそんなことは百も承知であるが、投票するときは名前を書くものだから名前の連呼が一番らしい。
候補者の人数が少ないところでは、他の候補の車とすれ違うと、互いに健闘を形式的に称えあうが、さすがに30人以上立候補する場所だとそんな事をしていたら一言も自分の名を言えなくなるので無視される。地方と都会の違いである。
運動員は、(1)秘書やそれに類する人、(2)応援する企業から派遣された人、(3)候補者と関係の近い人、(4)ウグイス嬢、(5)候補者の先輩などがいる。
(1)はスケジュールや遊説のルートを決めたり、情勢の分析をしたり資金をどんぶりで勘定したりする。(2)は車の運転をしたり、演説の場所で案内したりビラを配ったり汗をかいたりする。(3)は事務所で電話をかけたり来客の対応をしたり弁当を注文したりする。(4)は選挙カーにのってアナウンスをしたり、演説の場所で笑顔をふりまいたりする。(5)はむかし議員を務めていた老人などで、長老なんて呼ばれて事務所でぼうっと新聞を読んでいるか、思い出したように勝手なアドバイスをしたりする。
役職によるヒエラルキーは当然あるが、それほど強力なものではない。(1)とそれ以外といった感じである。むしろ役職よりも個人的な魅力のほうが重要である。支援者から人気のある運動員というのがいたりすると、役職にかかわらず一目置かれ、厚遇される。魅力も能力のひとつではあるけれども、そこが能力主義や年功序列の一般の組織とは少し異なるところである。
性格
2003/04/24
自分の性格を冷静に眺めると、少なくともひとつの特徴くらいはわかるものだ。小生の場合は明らかに飽きっぽい性格である。
昔はいくつかの稽古事をやらされていたのだが、ことごとく投げ出した。水泳、ピアノ、フルート、習字、野球などの指導を受けた。その中ではピアノが5年ほど続き、一番長い。しかしむしろ5年という期間が恥ずかしくなるほどに上達しなかった。自分で弾いた音を聞いて楽しむことが出来るかどうかが、ピアノを続けるコツで、それがなかったのだから仕方が無いよ、と県内のコンクールで金賞を取った弟に慰められても、ちっとも無念の思いは鎮まらない。むしろやはり飽きっぽい自分の性格に恨みは募るばかりである。
そんな性格が大人になってマシになったかというと、カナリ疑わしい。むしろ飽きっぽいのは色んな事に興味を持つことだから悪いことばかりじゃないさ、ゼネラリストって言葉もあるくらいだしさ、と嘯くようになったから一段と性質が悪い。本心では、ひとつの道を極めたヤンキースの松井なんていう人間を羨ましくも思うが、当然、俺が彼と同じ種類の人間だとは思わない。
大体ヒーローというものを支えてるのは俺のような凡庸な人間の憧憬なんだとさらに嘯く、みっともないヒネくれスパイラルである。
ともかく三つ子の魂百までということで今はすっかりこの性格にも諦観している。
それで最近は写真のサイトを作りたいなあと思ったりしてる。
カフェと喫茶店
2003/04/22
ベトナムのコーヒーは濃い。コーヒー豆をローストするときにバターを入れるし、長時間焙煎するのである。カップの上に小さなアルミの容器を置き、それを使って抽出する。見た目も真っ黒だ。そして練乳か、砂糖とミルクをどっさり入れて飲むのが現地風である。
普通に紙のフィルターで抽出して飲んでも味は変わらない。小生の場合はエスプレッソ風に、少量作って、砂糖を軽く入れて混ぜずに飲む。美味い。タバコとも大変よく合う。ニコチンとカフェインが硬く結合し体内に浸透して、良くないエネルギー源になってくるように感じる。
当然ベトナムで買えば安いので、もっと買ってくれば良かったとちょっと残念に思っている。
ところでベトナムのホーチミンは昔仏領だったせいか、カフェが多かった。ホーチミンは暑く、ずっと歩くことはしんどいのでよく休憩がてらにカフェに行った。中学か高校生くらいの女子生徒が楽しそうに会話しながら放課後の時間を過ごしている。陽光が射す店内は明るくて、透明感があり、その中で彼女たちの楽しげな会話や笑い声が、宙に浮く結晶のように消えることなく、輝き浮かんでいた。
日本の場合はカフェというよりむしろ喫茶店である。喫茶店というのは薄暗い店内で、特に中学生や高校生のときは隠れてタバコを吸ったりする場所である。なにかイケナイ雰囲気である。そういうジメッとした喫茶文化で育った俺なんかが今ちょいとオープンテラスのカフェなんかに座ると何か居心地が悪くてムズムズと尻のあたりを動かしている有様になるのである。
青いレース編み 16
2003/04/18
windowsのもはや忘れられたような原始的なファイルをリサイクルして画期的に使用する会、板橋区正会員の小生ではありますが、このたびWindowsの標準の壁紙であるところの青いレース編み 16というビットマップファイルが意外といけてるのではと思いました。色を変換して使用しました。
色彩の変換によって標準ではダサい模様と色彩との相乗効果で目がちかちかしてたまらない壁紙がなんともお洒落になります。温故知新とはよく言ったものです。しかもこの壁紙をじっと見つづけていると、なんとステレオグラム的な立体映像になることに気が付きました。
いったんステレオグラムとして目が映像を捉えると、正常に戻すのがなかなか難しく、自分の肉体が暴走していることがよくわかります。お前らもぜひやってみろ。
それにしても青いレース編み 16というのは実に詩的な名前ではないかと思われます。
思い出ドランカー
2003/04/17
むかしファイルバックアップを取ったCD-Rには時たまとんでもないファイルが眠っていたりするから恐ろしい。
特に恐ろしいのは自分が昔書いた手紙である。とりわけて女に宛てて書いた手紙。これすなわち自己陶酔の巨塊。極大にスカしまくり。振り返って見るともれなく頭痛と吐き気のダブルラリアットを食らわされる。打ちのめされたその様はあたかも思い出ドランカーである。
だからもしドラゴンボールを七個そろえたら、きっと神龍にこう頼むだろう。
「シェンロン、おらの手紙を燃やしてくれ!」
ブックマーク
2003/04/16
インターネットを利用し始めてずうっと悩んでいたのがブックマークの整理である。花小金井在住の友人I君はブックマークをあまり行わない人らしいが、小生は事あるごとにブックマークをする。結果としてブックマークしたページを二度と見ないこともあるが、とにかくなにか有益であると感じ取ったらすぐブックマークである。ずばり直感ブックマーク派である。
しかしブックマークが膨れ上がり、整理することが億劫になる。地球上でもっとも分類が得意なシステムは図書館であるが、小生も元司書なんていう人をブックマーク整理係として雇いたいのだが、そんなお金も無いし、またそんな奇特な人もいない。また貴方のブックマークを整理します!なんていうサービスがあったとしても、恥ずかしくて見せられるわけが無い。
それで悩みは一向に解決していなかったのだが、最近は分類を時系列に頼ることにした。一ヶ月にひとつ、例えばいまならtmp200304というフォルダをお気に入りに作り、そこにやたらめったらブチコムことにした。そして、それとは別に、良く見に行く頻度別に3つフォルダを作り、表示回数に応じて分けることにした。
これはまさしく野口悠紀夫の超整理法の真似であるが、意外とイケてるのである。
あとはフリーソフトで紙2000というソフトがあって、これがまさしく紙のメモのような使い勝手の良いソフトであるが、それを併用して使うととても気分よく情報を収集できる(気がする)。
奇特な友人の奇特なメールアドレスに、「それインドネシアの社会主義者の名前じゃん」とずばり指摘して驚かせることが出来るのも、こういう塩梅のパソコン利用法を編み出しているからであります。
DVD「カルメン」
2003/04/15
土日に体調が悪くなるというのはあんまり宜しいことではないけれど仕方が無いので家でだらだらしていた。本を読んだりビデオを見たりすることしかやることがない。しかし性根はこういう時間の過ごし方に嫌悪を覚えるほうではない。
それでたまたま5チャンネル(東京では東京MXテレビが映るのだが)をつけたら、ホアキン・コルテスの映画を流していた。ホアキン・コルテスとはカルメン、タンゴのダンサーである。その優れた容姿のために人気が高い。小生もかつて一度日本公演を見に行ったことがある。そのときは良く出来た演出と、踊りの迫力に素直に興奮した記憶がある。
その映画はストーリーがあるものではなくて、踊りの紹介というか、ドキュメントというか、まあそういったもので、踊りとそれを映す映像がとてもよく出来ていて感心した。
終わりかけの部分しか見られなかったので、早速コンピューターを起動して、ビデオかDVDかが無いかと探してみると、アマゾンでその「カルメン」というDVDが売っていて、購入した。
DVDは製造コストが自体が安いのか知らんが、わりと希少なタイトルも安く売られている。便利だし、自分の好奇心が途中で自然に萎えてしまうことが無いのですばらしいと思う。
しかしまだDVDプレイヤーを持っていないので、はやく買う必要がある。
昔作っていたホームページのことを思い出して、小生が購入しようと思うDVDプレイヤーの型番も書いておくことにする。SONYのDVP-NS715P というやつである。これはあの例の地球規格外のヘッドフォンをこしらえて小生を苦しませたメーカー製であるから不安ではあるが、友人が使っているので大丈夫かとは思う。
挟み力
2003/04/14
小生は今、パソコンに無線のヘッドフォンを接続している。このヘッドフォンを客観的に観察して、左右の耳にあたる部分の感覚が5センチしかない。しかもプラスチック。ゆえに調節不可。どう考えても地球人向けの商品ではない。
したがってこのヘッドフォンは自然と強大な挟み力を持っている。30分もつけていると、とても言葉にならないほどに耳が痛む。この挟み力がどれほどのものか、筆舌に尽くしがたい。その痛みに耐える小生の姿は、まるで自らワッカを頭につけた自虐的な孫悟空である。
この痛みとそれによる腹立たしさ、これを伝えることは小生には不可能である。言葉による状況の伝達に不可能を感じる。そこで、なにか機会があれば、諸兄らの頭にかぶせてやりたい。そして念仏を唱えて三蔵法師の真似をしたい。
ナナフシ
2003/04/10
たいていの人々は日々の生活でミスを犯して悩むことがあるでしょう。しかし小生についていえば、仮に過去の人生に比類できないほどのミスを犯したとしても、わりと早く立ち直ることができるのであります。それはなぜかというと、こんな話を知っているからであります。
ナナフシという虫がおります。あのフシブシとした手足と胴体がすぐに千切れそうな気色悪い虫であります。あの虫は、いま羽を持っております。しかし以前は羽がありませんでした。さらにその前には羽を持っていました。
つまり、進化の過程で、一度、「まあしかし羽ってうぜえもんだなあ。俺なんか年に一度しか飛ばないっていうのに。そういえば友達のIは、喰われそうになったときに、羽があるばっかしに、飛ぼうか走ろうか迷って、その逡巡の間に喰われてしまったなあ。」と考えたかどうか知りませんがともかく羽を無くしたのであります。
そして長い月日が経ちました。あるときナナフシはふと、「なんで俺には羽が無いんだろう。羽があれば飯を喰うにも楽そうだし。やっぱ羽ってあった方が便利ジャン?なぜに俺には羽が無いのか。くそう、神様の馬鹿野郎」と思ってしまいました。
そしてさらに長い月日が経ちました。ナナフシの体にはまた羽が生えるようになりました。(羽を形成するDNAはずっと姿を隠していたのです。)
注目すべきはその再獲得に要した年月でありまして、実に5000万年であります。たった一度の軽い思いつきで羽をなくしたナナフシ。馬鹿なナナフシはこのミスを元通りにするまで、5000万年もかかったのです。なんという馬鹿な虫か。こんな馬鹿な虫は前代未聞である。笑止である。思わず笑いがこみ上げます。
こんな壮大なミスに比ぶれば、人間が日々の生活で犯すミスなどは塵のごとき些細なものでありますから、いつまでもくよくよしても仕様が無い、そういう風に思えるのであります。
諸兄も気分が落ち込んだときには、ナナフシ先生の偉大なミステイクを思い出し、元気を取り戻すと良いでありましょう。
新しいパソコン
2003/04/07
新しいパソコンを購入した。さすがに今は自分でパーツを買って組み立てる時間や気力がなくて、でもだからといって大手のメーカーパソコンを買う気にもならなかったので、BTO系のショップで購入した。
ムーアの法則か、ドッグイヤーか、形容する言葉は記憶してないが、とにかくパソコンの進化の速度は途方もない。
今回買ったパソコンは、アスロンというCPUであり、クロックはなんと2.7GHz。メモリは1Gである。HDDは80G。なんとなくDVDRもつけてみた。このように途方もないスペックのパソコンを部屋に置くと、なんだか部屋の面積が増えたような錯覚が生じる。たぶん全盛期の長嶋にどこに投げても打たれるような、つまり能力の巨大さがもたらす錯覚を小生にもたらしめるのである。イッツグレイト。
しかし、今日読んだ日系サイエンスによれば、2010年にはなんとCPUが50GHzに達するであろう、というではないか。
50Ghz・・・その怒号の計算能力を使って、小生に何をしろというのだろうか、とちょっと考えてしまう。しかし、初めてパソコンを触った頃には、高クロックのCPUを使って動画を編集するなんて考えつきもしなかった。するとやはり今は考えもしないことをするようになるのだろう。
そこで小生は大胆に予想するわけだが、なんか、昆虫とかを作ってそうな気がする。
チェッチェッコリ
2003/04/04
チェッチェッコリ、チェッコリッサで始まるお茶のCMが俺の希少なシナプスを浪費しやがった。
それはまるで見たくない心霊写真をチラ見して脳に焼き付いてしまったような残念感で小生を支配しているのである。
嗚呼、小生久しぶりの敗北。
しかしとにかく冷静になって、チェッコリッサでGOOGLE検索をしてみた。チェッコリッサを入力する姿というのは我ながら実に馬鹿馬鹿しい。そしてCMにまんまとのせられたようで二重に口惜しい。
とにかく検索結果によると、どうもアフリカ大陸の遊び唄のようであるが、二酸化マンガンと聞き取っている方も少なからず居るようで、勝手にシンパシーを感じて思わずにやけてしまう。
二酸化マンガン・・・燃やされた乾電池であろうか。
ブログ
2003/04/03
日本でもアメリカでも日記サイトは大流行で、面白いサイトも沢山あるというのに、わざわざこんなシケたサイトを見るというのは、皆様がよっぽどの活字レーダーであるに違いないと思います。かく言う小生も「読む」ことが好きなのでありますが、こないだから、「先見日記」というホームページを読んでおります。
以前、GOH君とかと同じサーバーでホームページを作っておりましたが、その時、こういうものが作りたくて、チャットしてたことを思い出しました。しかし文筆家やライターでもない人間がそういうことを無償でやるのは難しく、結局企画倒れになりました。というか、GOHがなんだか内容のクオリティ云々と言い出してからヤヤコシクなったような気がします。どうもきゃつは頭で先に考えるタイプなのであります。
ところで小生としては、月曜日の遠藤さんの書いている内容が一番面白いなあ、と思います。
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