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映画、DVDについて猛烈にお得開始。

劇団昴 「怒りの葡萄」

2003/06/25

劇団昴の「怒りの葡萄」を見た。とても良かった。この劇団の芝居を見ると、演技力とは、また生の迫力というものは何かがよく分かる。

簡単言えば、演技力とは感情表現の伝達力である。演劇では多少オーバーアクトにならざるを得ないが、それを差し引いても、この劇団の場合、十分に純化された感情が伝わってくる、そして観客に、その人物の感情と同じような感情を、あるいはまた全く逆の感情を呼び起こさせる。心の奥底に静かに湧く感情の泉へと、観客を連れて行ってくれるのである。

生の迫力というのは言葉が漠然としているが、要は、絵画やブラウン管を通して見る感情の表現はいかに優れていても、こちら側からその演じている人物に声をかけようという気は起きない。

もちろんさまざまな感情を抱きはするが、だからといって絵画やテレビに「切ないよ、あんた」なんて言っている人にはお目にかかったことが無い。

しかし、演劇のようなものは、つい言葉をかけたくなる気持ちを生じさせる。そしてそれは当然、やってはいけないが、しかしやろうと思えばやれるものである。そこでその自分の気持ちを押し殺す必要がある。そういう心の動きは生の舞台でしか生じない。

実際の人間がある感情を表現するとき、観客の心に生じる感情の相互作用への欲求、これが生の迫力であると思う。

さて、今回の芝居は演出が非常に良く出来ていて、メリハリがあった。この演出はジョン・ディロンという人で、実は休憩中、すぐ前を歩いていたのだが、そのときは「違う言語の人が見にきてるっていうのは芝居が本物ってことかなあ、大したもんだ」としか思わなかった。

ただし他の言語の人が演出した芝居を見てまたそれを全く意識しなかったのは、芝居が本物ってことで、いずれにしても対したもんだと思う。

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演劇の良し悪し

2003/06/22

明日はスタインベック原作の「怒りの葡萄」の芝居を見に行く。この劇団は、昔、「罪と罰」を見てよほど感心したとこなので、楽しみである。前に見た「サド公爵夫人」があまり良くなかったので、余計に期待するところがある。

やはり、演劇の良し悪しというのは、舞台と客席の距離を消失させることが出来るかどうかにかかっているのではないだろうか。距離が近いにもかかわらず、観客のテンションが弛緩しているような芝居はまず論外である、駄目である。観客に神の目と人間の心と動物の本能を齎さない全てのライブは退屈なものである。

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地獄之季節

2003/06/21

会社側での負担を極限的に削減したパソコンのサポートに慣れてしまうと、電機メーカーにトラブルで連絡したときの対応に感心してしまう。

もちろんパソコンと一般家電では商品自体の複雑さ、煩雑さが異なる。したがって、起因するトラブルに大きな差があり、ゆえにサポートにかかる労力も全く比べ物にはならない。

しかし、パソコンに関連する商品はその複雑さを理由にして回答を終わらせる傾向があり、また、パソコン=ITというイメージを利用したオンラインでのサポート体制を過剰に利用している傾向があると言えるのではないか。

家のクーラーがぶっ壊れて、「地獄之季節」となっているのだけれど、そこでメーカーWEBから修理の連絡をした。翌日丁寧な連絡の電話が二本あって、感激した小生である。安く買った、あまり一流、というかブランドイメージを利用している会社ではないので、余計に感激した。

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返事

2003/06/20

頭の回転が遅い奴だと思われたくないために、相手の物言いが終わる前に同意の返事をしたり自分の意見を述べていないか。

そうなると相手には無意識のフラストレーションがたまり、こちらが述べた意見にも容易に同意しなく傾向があるように思う。

返事は少しくらい遅い方がちょうど良いようである。

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記者と事件

2003/06/19

物を書く人にとっては、好奇心というものは一つの能力だろう。特にジャーナリストはどれだけ取材を重ねたか、が作品(レポート)の良し悪しに大きくかかわる。そしてその取材の原動力は好奇心である。

であるから、戦争を取材していた記者の荷物が爆発し死傷者が出た、これは痛ましい事件ではあるが、しかし記者が起こした事件であってみれば考えられない事態ではない。逆に良い記者ほどそういった事態の起こる可能性は高くなる。

ただし図らずも自らが事件の当事者となってしまった記者のストレスは非常に大きなものだと思う。報道はこういう場合だけ記者個人の特性に事件の原因を帰すものであるから、二重に辛いものがあると想像する。

しかしこの事件によって彼は記者ではなく、小説家として書く機会が与えられたと考えられなくも無い。

昔ドストエフスキーは皇帝の強いた恐怖政治体制のなかで、非常に些細な事件によって罪を宣告され、シベリアの奥地に流刑された。そしてそこで地獄のような生活を数年間も送らざるを得なかった (ぺトラシェフスキー事件)。 ドストエフスキーは、ただしその生活から開放された後に、著作の中でも一段と評価の高い「死人の家の記録」を発表した。

そのことを思い返すと、この記者についても、また書くということによって救われる可能性があるだろうし、そうなって欲しいと願う。

もしも彼自身の心とこの事件を繋いだ糸というものを表現することが出来るようになったのならば。

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演劇 サド公爵夫人

2003/06/13

本の紹介はひとつ先送りにして、昨日、新国立劇場に三島由紀夫脚本の芝居、「サド公爵夫人」を見に行った話を書く。その感想としてはまあまあ良かった、である。

役者のせいか演出のせいか脚本のせいか、舞台の進行が一本調子で単調なところがあったのが残念である。舞台と客席の距離が大変近く、そのぶん普通の芝居よりも緊張感がずっとあって当然なはずだが、それが弛緩して挙句にうつらうつらしてる姿がみられた。かくいう小生も、2,3度睡眠世界に旅立った。

三島の脚本は文章であれば美麗でありまたウィットに富んだものである。しかしそれを実際に科白として読み上げると、ともすれば冗長になる。このあたりは役者の力量で、声量や声質によって陰影をつけていく必要がある。その点で、納得いかない演技が多かった。

ルネの母親はあんな激情的な風に喋っても良いのだろうか。王家と血縁続きになるために娘の結婚を政略的に謀り、一度その夫が狂人だと分かるとこれを政治的な方法で幽閉しようとした、tax officerの妻である母親。これらの事を考えると、どうしても冷静で狡猾な人物像が思い浮かぶのだが...その母親が一本調子で怒鳴ってばっかりだと深みが足りなくてつまらない。

また、声の出し方は必然的に表情にもかかわり合う。大声で叫ぶときに冷静な顔をすることは骨格・筋肉上からも無理であるように。ルネの母親はあまりにがみがみ怒鳴るようにしすぎて喋っていたし、公爵夫人も抑揚が人工的であった...つまり二人とも単調な、芝居がかった演技であった。

それとは対照的に、召使役と、サンフォン伯爵夫人の役はとても素晴らしい。科白の喋り方に自然な抑揚があって、かつ非常によく通る声質である。であるから当然、この二人の顔に浮かぶ表情もごく自然で多彩なものであった。

演出についても首をかしげるところがあった。一幕と二幕の間にわけのわからん音楽が大音量で流れたのには唖然とさせられた。

最初に活字で作品を体験すると、自分の頭にはその作品の世界に対する独自のイメージが生まれる。だからその後に芝居を見ると、どうしても違和感が生じる。

その生じた違和感を一つの解釈として観客に受け入れさせることが、舞台が成功したか否かを図る一つの基準であると言えるだろう。

その点で、残念ながら今回の舞台は完全に成功したとはいえなかったように思う。

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2003/06/08

感想フォームで犬の話があったのと、最近本屋に寄ったときにたまたま犬のしつけ方の本(それがなぜか孔子の論語がよく引用されているおかしな本である)を見たので、犬の話をする。もちろん大した話にはならないが。

実家で犬を飼っている。昔は両手に乗るほどの可愛い子犬だったのに成長するとどんどん大きくなって、力も強くなった。実家に帰るたびにプロレスをするのだが、なかなかの腕前になった。しかし犬ごときに負ける俺ではない。どんな種類であろうと俺は犬には負けん。

そうして小生をご主人様と認めた飼い犬とたまには散歩にでるのだが、以前、自転車で散歩をしていると急に彼がお座りをした。こらあシャキシャキ歩かんかい、と怒って引っ張っていこうとしたらなんと大便を垂れやがった。そのとき彼はとても申し訳なさそうな顔をしていたので、なんだか俺も 「お前の気持ちがわからなくてすまなかった」 という気持ちになった。体がでかいと糞もでかい。俺は泣く泣く糞を片付けた。このように手がかかることもあるけれど、総じて可愛らしい。

それにしても、犬に洋服を着せる奴が嫌いである。醜悪な美意識に自己陶酔しているからである。それからやたらと芸を仕込むのも好きではない。犬にとって芸を見せる必要は全くない。犬は従順でありさえすればよいが、その証を芸に求めようとするエゴが嫌いである。つまり飼い犬が従順であるという自信が無いのだ。だから証拠を求める。そういう奴はたまにショボイ上司としてよく見かける。

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台風

2003/06/04

どうやら台風がきているのだろうか。今日は一日、冷たくて強い風が吹いていた。そのうちに、スコールみたいな雨がさっと降り、そして透明な青空が広がって、太陽の光が強く射し始めた。

さて俺は台風が好きである。台風のとき、みんな顔にかすかな不安の表情を浮かべる。その同じような顔を見ていると、不安というものではあるが、とにかく一つの感情を共有していると思う。

そういった日常では見られない世界が生まれるから、台風の到来が好きなのである。

それに加えて、自然の脅威をもっとも間近に見られる機会でもある。直接的な被害にあってしまったらこういうことも言えないかもしれないが、脅威を安全な部屋の中から観察するのは興味深い。

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映画 「サマー・オブ・サム」 「インソムニア」

2003/06/02

さてところでスパイク・リーが監督の「サマー・オブ・サム」と、アル・パチーノ、ロビン・ウィリアムス、ヒラリー・スワンク主演の「インソムニア」を見た。

サマー・オブ・サムは70年代のNYをテーマにした映画で、70年代のNYなんて全く知らないがこういう感じだったんだろうなあと思わせられた。押し付けがましいリアリティではなくて、雰囲気がよく出ている映画である。ただ主人公とその友人の決裂以後を省略したのは駄目である。出来れば80'Sの続編を作って、またその決裂以後を描いて欲しい。

評価:★★★☆☆

「インソムニア」はシナリオもよく出来ているし、さすがに演技もみな上手である。アル・パチーノの濃いアクトに好き嫌いはあると思うが、男性二人の駆け引きの場面は面白く、そこがクライマックスである。

評価:★★★☆☆(+0.5)

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