映画 「K-19」
2004/01/31
映画 「K-19」をDVDで観る。主演はハリソン・フォードと、リーアム・ニーセン(StarWars1でクワイ=ガン役)。
脚本は起承転結に乏しく、退屈である。実話を元にした脚本というのはその点で諸刃の剣とも言える。ともかくその脚本の不出来ゆえに、ソ連軍の話なのに台詞が英語ということになおさら違和感を覚える。ちなみに原題は「The Widow Maker」(未亡人製造艦...か)
評価:★★☆☆☆
なお、リーアム・ニーセンは大学中退後、様々な職業を転々としてから俳優の道に入った。スピルバーグの「シンドラーのリスト」以降、役者として光を浴びるようになった。その「シンドラーのリスト」はなぜかまだDVDとして発売されていない。
ところで週末に本を数冊借りる。文芸春秋に連載されている巻頭随筆 一巻を読んでいる。大変面白い。大抵、二、三ページであるから、ちょっとしたときにも読める。書いている人も多種多様で、様々な世界の話があって飽きない。大変お勧めである。
鮨と鍋をスーパーで買って、ビールを飲みながらNHKを観る。一つはパレスチナ・イスラエルの特集。まったく歴史というのは複雑で繊細で、確かにそれは人間が作るものだが、また人間の手には負えないような代物である、と思った。
続いてもう一つは中国国有企業による日本の印刷機製造会社の買収の話。結局、中国資本が買収したことによる最大のメリットというのは中国市場での販売力であると思った。
放屁
2004/01/28
こいた屁の臭さは、濃く前の直腸を通る空気の温度で感ずる。それ位の事は屁こきマスターの小生にとってみれば造作も無いことである。しかしマスターも人の子。たまには判定を誤る。こないだ屁をこく直前に「LV6。」と断言したものの、それはVXガスに匹敵するLV9であった。大気中のあらゆるO2はHeO2になってしまった。
そんな過ちを侵しても知られないためには、そもそも屁をひるときに断言しなければ良いのだが、これは、放屁段階直前宣言協定というものが友人間で締結されているために不可能である。
協定とはかくも辛いものである。
ホットカーペット
2004/01/27
少し前のことになるが、いいかげんに寒さに業を煮やし、ついにホットカーペットを買った。
買った!
おぉ、スゲエ暖かい。買ってよかった。これはまさにエレクトロニック・オンドル!二畳用を買ったのだが、その暖かさゆえに、二畳ってこんなに広かったか、と思った。そして今日からはこのオンドルの上で寝ても良いわけだ。自堕落、背徳の快楽。
しかしそれにしても、ホットカーペットのデザインの糞っぷりには手を焼いた。ろくなデザインがありやしない。
こっちゃセンスで飯を喰ってる男だ。なのになんかババアくせえ花柄か余って使い道の無い切れっぱしを縫い付けたようなデザインしかない。まあコレなら許せるかな、というデザインは肌触りがごわごわしてるし。ものすごい妥協の末に、肌触り優先で、なおかつデザインもぎりぎりシックと言えるであろうホットカーペットを買った。とりあえず何とか買えるカーペットを作った松下には感謝しておく。
まあたかだか1万5千円位の製品にしゃれたデザインもへったくれも無いかもしれない。しかしそういう分野だからこそ、少しでもよいデザインがあればきっと独占的な勝利を得ることが出来るだろうに…と思う。
大きな電化製品の会社なんかは部門によってチームはバラバラだろうし、それを整理統合するというのはとても難しいことだろう。しかし少なくともデザインについては、横断的に活躍できるそれ専門のチームを持てるはずである。デザインというのが機能と切り離せないものだとしても。
キトサンなどという、蟹の甲羅から取れる成分を繊維に混ぜる前に、やることがあるだろう、と思う次第である。
映画 「ミシシッピバーニング」
2004/01/26
映画 「ミシシッピバーニング」をDVDにて観る。監督はアラン・パーカー。主役はジーン・ハックマンとウィリアム・デフォー。
人種差別が激化していたアメリカ南部で起こった実際の事件を元にした脚本。黒人と黒人開放運動に携わるユダヤ人二人が行方不明になった事件をハックマンとデフォー演じるFBI捜査官が捜査する。
感想としては、差別をする人間の心理がよく描写されている。貧困こそが差別を生み出す、とかいう劇中の台詞は、確かに真実だな---と思わせられた。
存在意義や自尊心というものは生きる上で人が必ず必要とする心理である。どれくらい必要としているかといえば、それが傷つけられた時、より弱いものを攻撃することによって相対的自尊心(当然それはとても矮小なものである)を得ようとするくらいである。
ジーン・ハックマンの素晴らしい演技も良い。デフォーを平手でぶったシーンが最高。本気で痛そう。そういう緊迫感と、その初老の捜査官ならではの飄々とした台詞・動作のバランスが絶妙ですげえリアリティを感じさせる。
デフォーも、「スパイダーマン」の悪役とは思えない演技。まぁああいうのもやれるところが懐の深さなのかな。
amazon.co.jpでは2500円だが、その価値はある。たまにはシリアスなものも観たいヤツは、これを観ると良い。
評価:★★★★★
それはそうと、一体Matrx RevolutionsのDVDは何時になったら出るのか。早く観たいものである。
菊地寛
2004/01/25
菊地寛は日本の大衆文学発展において多大な功績のある作家である。芥川賞、直木賞もこの人が制定した。作品は現在でも、テレビドラマで「真珠婦人」がとても良い視聴率を取ったりして、ニュースになる。
菊地には色々と面白いエピソードがある。学生のとき、舞妓と手をつないで公園を散歩していたのが、ケシカランと学内の新聞に書かれたり。
そんな中で俺が好きな話は、着物の話。
実家から仕送りがくると、郵便局で一円札に両替して、唾をつけてくるくると玉にして右の袂に入れたという。
左の袂には、呼び笛とキャラメルを入れておいて、夕方、下宿の窓から笛をプープーと吹き鳴らし、近所の子供を集め、下宿部屋で車座になって子供たちに家庭の話をさせる。その褒美にキャラメルをあげていた。
そういう話である。
作家にとっては、そういう現実の話はやはり欠かせないものらしい。そういえば菊地よりも少し前に写生文による新しい文芸の流れを作った作家がいた。正岡子規である。写生文というのは、生活の中で、見たままを写し書こうとする文章である。正岡は、晩年、病気を患っていたのだが、その病床から見える庭の風景を見て、そういう事を思いついたのである。
もし、菊池や正岡がいま生きていたとしたら、流行のBLOG(個人の日記サイト)なんかわりと好んでみていたのではないだろうか、と思う。
そういえば菊池には、「ある作家の日記」という著作があったことを思い出した。
映画 「ターミネーター3」
2004/01/24
映画「ターミネーター3」をDVDで見る。今作の監督は、J・キャメロンではなくて、J・モストウ。主役はシュワルツネガー。
あんまり期待して無かったのだが、そのせいか想像以上に面白かった。単純だけれどちょっと笑わせるところ。迫力のある映像。最後にへえと思わせる脚本。それから、音がでかい。深夜に視聴すると、近隣の住人からターミネイトされること必至。しかしもし、ホームシアターにしたら覚悟して大音量で視聴しようと決意した。
出来れば家族とか、彼氏彼女などと、ウヘーとかキャー♥ とか言いながら見ると良い。きっと楽しいだろう。
ちなみに小生は一人でビールを飲みながらみたのだけれど、敵役のロボットを演じるクリスタナ・ローケンを存分に鑑賞したので寂しさなぞは微塵も無い。空軍関係者の制服がなぜか妙にピッチリしていて、危うくターミネートされかけた。
評価:★★★★☆ (より若干下)
ちなみに、公式サイト
では、カッコイイ壁紙がダウンロードできる。
歴史ニュース
2004/01/23
先日ニュースで、バーミアンのガンダーラ遺跡に未発掘の巨大な涅槃像が埋もれているかもしれないという内容を報じていた。
バーミアン遺跡といえば、以前にタアリバンという政治団体がその思想に則って仏像を爆破したニュースがあった。そのときに、爆破以前の仏像が映し出されていて、その巨大さに驚き、なんとなくではあるが、感心を持っていた。
そもそも、この地域はあの三蔵法師が目指した場所である。ガキの頃に三蔵法師のドラマを好んでみていたことを思い出すと、ますます感心が高まる。もしも、その埋もれた涅槃像というものが実在して発掘されるようなことがあれば、一度行ってみたいなあと思う。
そういえばあの三蔵法師は夏目雅子じゃなかったろうか。孫悟空は堺正章だったろう。あとは?岸辺何がしと左とん平かな。なにげに豪華キャストじゃねえか。主題歌もゴダイゴだしなあ。モンキーマジックは名曲、これは定説である。
ところで、多分そのニュースを見た同じ日に、「そのとき歴史は動いた」という番組を見た。平清盛の話をやっていた。権力闘争、権力の維持、戦争---人間の心理というものは千年も前から対して変わっていないのだなあ、と改めて思う。
チンパンジーは集団同士で争いを起こす。そして、勝った方は負けたグループの子供を皆殺しにする。チンパンジーは動物であるから、それは自然の摂理であると思うが、人間にもまだまだそういう部分が残されていて、だから何千年も飽きもせず、本能的なように、戦争を繰り返しているのじゃないかと思える。もちろん人間は高度に発達した脳と精神を持っているから、同じように何千年も戦争反対を望んでいるのだろうが。
それにしても何千年もかけて一向に戦争がやまないことを思うと、動物としての本能を克服し、理性的に平和に生きるというのは、そう易々とは達成の出来ない進歩なのではないかと思える。あるいは、生存本能というものは、それほどに闘争心と密接に結びついているのだろう。
だからこの世に戦争が無くなったときというのは、人間の生存本能や生きる気力が失われた時であり、人間は既に居なくなっている、そんな気もしなくは無いのである。
夕焼け
2004/01/22
夕焼けの、青が橙色に変わるグラデーションが大好きである。それも冬が良い。冬の空気は冷たくて心が澄むような気がする。そういう時にあの鮮やかなグラデーションを見ると純粋なものに触れた気がする。
落葉松がシルエットとしてあったりなんかすると、やけに寂しい気分が盛り上がって、そのロマンティシズムに耽溺するみっともない状況になったりすることは無いだろうか。
池袋を徘徊して
2004/01/21
アジア的なライフスタイルにおける最強の暖房器具はやっぱりホットカーペットで決まりだな。と思って先日、意気揚揚と池袋の家電量販店に出撃した俺であるけれども、結局、サイズからカーペットの生地まであれやこれやと悩みだし、悩んだ末に買えず。
繰り返すが、もともと俺は何も考えずにモノを買う性格であったのに、友人の影響で、割と慎重になってしまったのだが、ここまで優柔不断になるとは思ってもみなかったものである。こうなると、いくら勝手に受けた影響とはいえ、悪影響とよんでも差し支えあるまい。だが勝手に受けたと自覚しているので、おい、コノヤロー謝れ。とは全く思っていない。
それにそもそも、悩んで買わぬというくらいなら、事態は逼迫していない証拠である気もする。というか悩んでいるうちに、購買意欲そのものが萎えてくる。そのうち時が流れ季節が変わり始めて、商品は無くなってしまうのである。ホテルまで行ったはよいが、やっぱし辞めようかなあ・・・とか罪悪感を憶えているうちに女が醒めてしまうようなものである。
ともあれそうやって自ら購買意欲を失うような人間は、まことに資本主義の世界には則していないのであるから、いつか締め出されるかもしれない。まあそうなったらキューバにでも行こう。アメリカが何十年も経済制裁を加えているのになんか別に逼迫したところが感じられない、ワンダーランド。
話は戻るが、池袋で西口に割と大きな本屋があったのだが、その出かけたときに見たら潰れていた。景気が悪いのか、お金の流れ方が変わったのか分からんが、ビル一棟まるごと書店が閉鎖された跡というのは見たことが無かったので、おぉ、と思ったことは確かである。
振り返ってみても、最後に書店で本を買った記憶が無い。もしかしたら、半年以上前に、最強個人情報防御術とか何とか書いてあったマニアックな雑誌を一冊買ったかもしれない。そんなもんである。
買って手元に置いておきたいという本が無い。だから図書館で済ます。あったとしても本屋に置いてない。だからネットで買う。雑誌に載るような情報は殆どWebで賄っている。そんな理由からである。
そういえば買って手元に置きたい本のジャンルの一つにエロ本があるが、昔はエロい静的刺激物は本屋しかなかったが、今は動的なものも含めてネットにごろごろしているから、エロ本市場というものはかなりの大打撃を喰らったんではなかろうかと思ったりした今日この頃である。
例年この時期に思う。
2004/01/17
例年こんなに寒かったか、と。どうにも我慢できねえので今年はホットカーペットを買う。アジアはやはりグラウンドスタイルよ。明日、買う。
ところで昨日、スーパープレミアムモルツなる瓶ビールを買って飲んだ。ビールの苦味が殆ど無い。しかし旨みが豊饒である。ウメエ。
映画「キングオブキングス」をDVDで観る。ナポレオンの生涯を描いた作品である。ナポレオン役はクリスチャン・クラヴィエ。フランスのコメディアンらしい。芸暦25年というから日本でいえばビート・武みたいなもんか。
他には「マルコヴィッチの穴」のジョン・マルコビッチ、「ヴィドック」のジェラール・ドパルデューが出演している。
英雄的な場面でクラヴィエの容姿や演技が何となく違和感があったりもした。この人がコメディアンというのは、実は映画を観ていてなんとなく直感的に分かってしまったのはそういった訳だろうか。
逆に、人間的な場面ではよく雰囲気が出ていた。
脚本には英雄視されがちなナポレオン像に、そういった人間的な要素を盛り込もうとしているように感じた。また同時に、史実も簡潔に描かれている。とはいっても、前編後編で4時間近くあるのだが、そのお陰でナポレオンの活躍した頃の世界というものが高校の教科書以上に分かって良かった。
着信ボイス
2004/01/17
なんでも、携帯で着信ボイスというのが流行らしい。着信音に変わって、歌手の歌とかが流れる機能らしい。小生はまだそういう着ボイスに実際出くわしたことは無いが、もし出くわしたとしたら、めちゃくちゃウゼエ。と思うに違いない。
今時分はみんな携帯を持っているから、似たような呼び出し音だと、誰の携帯が鳴っているか分からない。だから着信の音を変えるという理屈は良く分かる。
しかし、人の声が乗った歌は止めてくれんかと思う。あんまりに具体的過ぎるのである。それは、CM中に実際の生活音、例えば玄関の呼び鈴などが出てきて、あれ誰か来たかしらと思ってしまった時に感じるような具体さで、小生を惑わせるのである。
一体全体、これが流行する理由はなんだろうか。
着信にするほどその曲を愛してるからなのか。それは分かったから、家で死ぬほど聞いてくれ。その曲を採用している己のセンスを主張しておるのか。よし、そのセンスは超カッコイイ。だからそのセンスが通用するところで死ぬほど主張してくれ。
と思う。
いずれにしても、人の声が突然に生じて何かを主張する状況というのは、小生にとっては気持ちの悪い事態であるし、選挙や政治団体の街宣車と何の変わりも無い。街宣車はその姿を見かけたら、ああウルサイ車だ、と心の準備ができるからまだマシである。それに比べて着信ボイスはポケットに入っているから見えない。心の準備も出来ない。そんなインビジブルなプチ街宣車が街中に溢れておるとしたら、まったく迂闊に外出も出来やしねえというものである。
演劇
2004/01/16
来月のはじめに、劇団昴の羅生門が公演になるので、それを観にいく予定である。いままで、劇団昴の演劇は「罪と罰」や「怒りの葡萄」などを観にいって、いづれも大変面白く良い出来だったので、大変に楽しみである。
小説が原作の演劇というのは、あの発声の仕方とか、役者の顔とか、ステージ上の仕掛けとか、そういった現実的な刺激の要素によって、すでに小説を読んで自分なりにある登場人物像や雰囲気を壊されそうで昔はあんまり観にいく気がしなかった。
しかし、劇団昴の演目はまったくそういうことが無かった。必ずしもすでに俺が持っていた原作へのイメージにぴったりマッチしているわけではないけれども、違和感無く受け入れられるものであったのだ。
脚本や演技が、原作の本質を誤ることなく表現している所為である。原作が外国のものであっても、また、演出家が外国人であってもとても面白いと感じられるのも、それが理由である、と思う。
羅生門といえば、今年の芥川賞はやけに若い女性が二人、受賞していたようである。そもそもその賞に関心が無いから、俺は別に誰が受賞しようとも特に何の感想も無かったのだが、報道のコメントは少し可笑しかった。
若い人の作品が受賞したことで、文壇に活気をもたらそうという狙いです。とずばり報じていた。報道にこういう言われ方をするのだから、文壇というのもずいぶん分かりやすい所なのだなあ。
俺は個人的には文壇なんか枯れたように見られたって一向に構わない世界だと思っているのだけれど。
そういえば、昨年は三島由紀夫の著作を大変読んだ。今年は誰を読もうか。誰にしても、出来れば、その作品の全てを読みたい。そうすることで、作家の世界観、というか作家そのものについて知ることになるからである。と小林秀雄が言っていたので受け売りする。
風邪を引いたとき
2004/01/15
風邪を引いたときは何もしない。ただし飯は食わなければならない。だがそんなことは百も承知、風邪を引く前からすでに段取りに入っておる。それが一人暮らしを営んできた知恵というものだ。
ワインと醤油とみりんと砂糖とコンソメの出汁でたまねぎを煮て、牛肉を入れ、卵で閉じる。これぞブルジョアジーの他人丼よ。松屋や吉野家には真似のできぬ逸品であるというものだ。ワインは1ヶ月前の代物だが。
以前風邪を引いたとき、そのブルジョア他人丼を食いながらぼうっとテレビを見ていた。スマップが出ている癌の主人公のドラマをやっていた。再放送だ。たしか、通常放送されているときに半分くらい見た。しかし、話の筋が気に食わん。癌で余命一年などと、すでにあらすじの時点で涙腺が緩むではないか。
これはイカン。 実は小生、こういうお涙頂戴的ドラマにけっこう弱いのである。今日見ながらすでに半泣きである。
設定は極端だが、クサナギはなかなか迫真に迫った演技ではないか。泣かせるぜ。矢田アキコも、主役より脇役で光るタイプの演技でなかなかのものだ。新婚旅行の話で喧嘩になる場面の臨場感、グッときた。
そういえば通常放送では半分しか見なかったので、放送終了したあとには、見なかった放送分がたいそう気になっていたが、時間とともにそんなことは忘れてしまった。なのに、また今日再放送を見てしまったから見なかったところがよりいっそう、気になり始めた。
次に風邪を引いたら、食材のほかにこのDVDでも借りることになりそうである。
映画「ワイルドスピード」
2004/01/15
映画「ワイルドスピード」をDVDにて観る。監督はロブ・コーエン。コーエン兄弟とは関係無い。トリプルXで主役を演じたヴィン・ディーゼルが、準主役として出演(作品の公開順序は逆)している。
これは劇中の車を見たいがために借りたものだけれど、映像にスピード感がやたらと演出されていて、爽快である。すなわちニトロで特攻。ストーリーなどはどーでも良いのである。
そもそも、監督もストリート・レースというサブカルチャーの雰囲気を第一に表現したかったようであるし、それは成功しているから、ストーリーの稚拙さは問題にならない。雰囲気を表現できてなかったら、あんなに良い興行成績は出せなかっただろう。
評価:★★★☆☆ (+0.5)
しかし、こういう迫力のある映像を見ると、こんな映画は100年経っても日本じゃ作れないよなあ、と思う。CG処理はふんだんに行われていて、まあその辺りは日本の映像技術でも何とかなりそうだが、砂漠に何千もの車と人を集めることは難しいだろう。
日本ならセルシオのシャコタンで気士団で木更津から広島までのロードムービーだもんなあ。
それはそれで良いかもしれんが。
思うに、サブカルチャーというのが時にもてはやされるのは、それが興奮とスタイリッシュさで女を集め、さらにそれらが金と男を集めることで生まれる熱狂のためだ。このとき、サブという形容詞は、選ばれたという形容詞になって、カリスマ性へと転化し、よりいっそう魅力的になる。
そして、サブカルチャーのそもそもの魅力的な要素である、興奮とスタイリッシュさはともに非常に短命なものである。だからサブカルチャーは常に文化の先端に居なければならない。
日本のヤンキー文化が絶滅寸前なのは、実にオールドスタイルに固執してスタイリッシュさを失ったためである。つっぱて大人を否定するヤンキー諸君だが、伝統、因習、年功序列に捕らわれる性質を同じくしっかりと持っているわけである。
それは文化の衰退が証明しているのである。
映画「Justice for All」
2004/01/15
映画「Justice for All」をDVDにて観る。監督はノーマン・ジュイソンで、「ローラー・ボール」や「ハリケーン」などがある。前者は借りたが、途中で飽きて寝た。
主演はアル・パチーノ。アル・パチーノはよく演技過剰などと言われる。淀川長治も、だから僕はあまり好きな役者ではありません、と言っていた。
ひょっとして彼が言い出してから、他の見る人も何となくそういう目で見るようになったのかもしれないが、しかし俺はそうは思わん。その辺りの理由についてはまた後日書く。
脚本は法律のくだらない面を中心にして、それを象徴する判事、対立する弁護士、それに精神を病んだ弁護士、犠牲になる被告などが描かれているが少々中途半端な印象がある。
評価:★★★☆☆
映画「2001年宇宙の旅」
2004/01/14
映画「2001年宇宙の旅」をDVDにて観る。監督はステンリー・キューブリックである。
この作品、実はまだ観たことが無かった。我ながら今更だなあと思う。
前編を通して、印象的な画が続く。もう何十年も前の映画なのに、けっこう素晴らしい映像だなあと思う。その一方、ややストーリー的に物足りなさを感じるがその辺は、見終わった後、関連するサイトを見てナルホド、と納得して不足感が満たされることになった。
ただし、あのHAL9000と人間との係わり合いというのは、後のブレードランナーとかMatrixとかにかなり影響を与えるものだと思う。たぶん、映画だけにとどまらず、あらゆるSFにおける人間とコンピューターとの対立の軸として存在しているのじゃないかなあ---という風に思った。
「博士の異常な愛情」ほど好きな映画ではなかったが、なかなか先進的なものを感じられる分だけ、★をひとつ増やした。
評価:★★★★☆
映画「Taxi3」
2004/01/11
映画「Taxi3」をDVDにて観る。監督はリュック・ベンソンである。ストーリーとしては特にコレということも無い映画である。
今回オープニングは007をパクっていたが、そういうのがエスプリというのもかどうかはともかく、一事が万事、現実離れしたフランスっぽいアホさがある。普通に観ていたら突込みどころ満載なのだが、それが逆に笑えるところがこの映画の良いところである。そこで笑えなかったらツマラン映画だと思うだろう。大体、プジョー406が300km出してる時点で突っ込み無用である。
その辺りがなんとなく好きな映画である。今回、そのアホさは主に署長が担当していて、この人が主役なんじゃなかろうか。とさえ思った。
評価:★★★☆☆
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