饅頭
2004/02/28
ある日のこと。俺は打ち合わせを終えて電車に乗っていた。混んでいたの車内で、俺の隣に園児三人と母親二人が立っていた。
その母親の一人が、じゃれる園児をなだめるように、静かにしなさいと優しく諭していた。そのうち、電車はさらに混み合ってきたので子供の気を紛らわそうと、母親は子供に向かって「これは押し競饅頭だと思いなさい」と言った。俺はナイス母親。と思った。
しかし次の瞬間、子供たちは実際に押し競饅頭をやり始めてしまった。
母親はよほどに慌てていたのか、「本当にやっちゃダメよ。これは押さないおしくら饅頭よ」と言った。
押さない押し競饅頭。
普段、公共の場所にいるときは、なんぴとにも隙を見せちゃいかんと、阿形金剛力士像のごとく憤怒の様相を顔に浮かべている小生であるが、この名言に笑いのつぼをぐっと押されてしまった。
押さない押し競饅頭をせよと命じられたら、ただ饅頭のごとく丸まっていればいいのだろうか。
TSUTAYA
2004/02/27
先日、TSUTAYAで無料配布されているシネマ・ハンドブック2004という本を貰った。288ページからなり、ほぼオールカラーである。作品のあらすじを中心に、スタッフもきちんと書かれている。
しかも、索引も監督編・俳優編ときちんとついている。ジャンル別に紹介されているが、こう索引があると特に問題なく、自分が探したいように探せるので非常に便利である。紙媒体でも問題ない。
さぞかし広告も盛りだくさんだろうかと思いきや、前後見開きのみ。TSUTAYA自体の販促として作ったのだろうけれど、そんな本だから、1000円くらいで売っていてもたぶん買ったに違いない。
おいTSUTAYA、お前は偉い。税金対策かもしれないが。
そして、この本に書かれている内容はきっとデータベースになっておるだろうと思い、早速TSUTAYA Online
にアクセスしてみる。やはり検索ができるようになっている。そこで、ミランダ オットーで調べてみた。すると、見事に完璧にずらりと表示された。
小生は、映画などでは監督や役者つながりで見つづけていく方式を好む。なぜというと、そうすると、作品としてだけでなく、それに関わった人間の姿というものを理解した気になれるからである。なので、このサイトはとても役に立つ。有難い。
ところでミランダ オットーというのは、ロードオブザリングにお姫様役で出演している役者である。他にはヒューマン・ネイチャーなどで教授を誘惑する助手役としても出演していて、綺麗な裸をご披露なさったりしておる素晴らしい方であるが、大抵の人は知らないかもしれない。両作品でのイメージはかなり違っていて面白い。
まあそういう役者でもちゃんと検索表示が出るということで、このサイトは今後、愛用させていただく事にする。
後記:この雑誌は、無料配布ではなくて、TSUTAYA(アプラス)クレジットカードを契約した人に配布されるらしい。
映画 「ロードオブザリング 王の帰還」
2004/02/25
映画 「ロードオブザリング 王の帰還」を映画館で見る。良く行くワーナーマイカル板橋では、最近、オンラインで前もって座席指定が出来る。お陰でちょうど良い真中の席で鑑賞できた。
ロードオブザリングは、1を映画館で見て、三時間も座らされた挙句にto be continued であって、その瞬間に怒りの緒が切れ、ついでに尻の神経も切れ、その様はまるで怒りの達磨だった。
が、2をDVDで観て、あら意外と面白いじゃないかと思い直したという曰くのある作品である。ただ単に、続きが見られた満足感かも知れんが。
3の「王の帰還」はとりあえず早く結末を観終わらせてホッとしたかったので映画館に観にいったが、やはり流石に3時間を越える上映は体に応えた。こういう長い映画は、自宅で横になったりあぐらを書いたり、途中で排便したりしながら観るべきだと強く思う。
感想であるが、ストーリーはまあまあ。長い上映時間で作りこんだぶん、抑揚に欠けがちになってしまう仕方ないのだろうか。またDVDでゆっくりと見直そうと思う。ちなみに、サム役がグーニーズの主役とか、ガンダルフ役がX-MENのマグニート役だとか知ってちょっと驚いた。
DVDで、時間があるときに観られるなら、3作を通してお勧めである。なぜなら好きなときに好きなぶんだけ観られるし、おしっこにも行ける。そうであれば、良い。なのでその場合のために、★ひとつ加点しておく。
評価:★★★★☆
カラス
2004/02/25
家の外で、カラスがカアカアと鳴いている。
たまたま目にしたニュースによれば東京都のカラスは四分の三に激減したそうである。人類で考えれば、15億の人口が減ったということである。
六義園
2004/02/23
文京区千石にある六義園に行ってきた。
所々に梅は咲いていたが、松と石と池の簡素な庭園であった。写真を撮ろうと思う場所も特に無く、無理やり2枚くらい撮っただけである。もちろん、梅の花でも撮ろうと思えば撮れるのだけど、これしきの梅花、どこで誰が撮っても同じ画になることは必至であるのに、あえて撮ろうとはどうしても思えず、撮らなかった。
しかもカラスがギャアギャアと喚き、風情もヘッタクレも無い。時おり強風にあおられて砂埃が巻き起こることもあって、1時間も居ないうちですぐに退散した。
いつまで趣のある庭園だったかはしらないが、今ではカラスと鳩のためにあるような庭だと思う。もちろんそこをカラスのオアシスにしたのは他の誰でもなく都会に住む人間達であるから、カラスに罪は無い。
とても意気消沈した。
爽快さ
2004/02/20
本日は髪の毛を切りに行った。髪の毛を切ると、だいたいセットで歯医者にも行く。予防検診という意味もモチロンあるが、それよりも葉の掃除をしに行く。
高圧の塩が吹き出る機械で歯をクリーニングする。ニコチンとカフェインをこよなく愛する毒蓄積人の小生としては、歯の汚れる宿命にこうやって対処する。1回、2000円。保険は効かないが、たいていの診療所ではこの程度の値段であろう。一人の歯医者が30分ほどかかりきりになることを思えば、高くない。
効果のほどはといえば、それこそ、アパタイトなど比較にならぬほど白くなる。さらに、歯がツルツルになって、口内が無摩擦になる。思わず舌で歯の表面をナメナメする。踊れ、フィギュアスケーターよ!俺の歯の上で!という鼻歌が出る。ような気持ちになる。
もしこの爽快さが、女性がエステに行った後の気持ちと等しいならば、納得できる。何事も、ツルツルになるというのは気持ちが良い。そのツルツルとナメナメがセットになるかどうかは知らんが。
犬の嗅覚
2004/02/19
犬は嗅覚が良いという。そんなことは小学生でも知っている常識である。また、sugi君のホームページでも、それを裏付けるようなエピソードが掲載されていた。嗅覚が良いのに、sugi君のオナラを嗅がされたとすれば、小生はその犬によほどの同情を寄せざるを得ない。アニマルコップが日本にもいたら逮捕スレスレであるといえよう。
だがしかし、小生はこの常識に対していささか懐疑的である。小生の実家は黒のラブラドールなどを飼っているのだが、こやつは小生のオナラを喰らわされても平然としておる。もしも優れた嗅覚を持っていたら、必ずキャンとなるはずであるのに...
もしくは、小生の高貴な体から排出されるガスがまた高貴なものであって、むしろ薔薇臭だったとしよう。しかし、こやつは自身もオナラをする。しかも、なぜか毎度スカシ屁であり(括約筋の構造問題か)、また抜群に臭い。犬よりだいぶん嗅覚の劣る人間様ですら失神寸前の屁をひる。それでも奴は実に平然としておる。どう考えても、嗅覚が優れているとは思えん。
警察犬のホームページ
によると、「腐敗バター臭」(これはオナラに最も近しい臭いだろう)において犬は人間の80万倍もの嗅覚があるという。
80万倍...それは絶対に嘘だろう、と思う。以前にテレビで、タバスコの10万倍を食べた人がいたが、それはもう壮絶に苦しんでおった。10万倍であの苦しみ様だのに、80万倍である。いかに我が家の犬が忍耐強い犬だとしても、決して耐えられぬ芳香であろう
というわけで、この常識をとても怪しむ小生である。
ガキエネルギー
2004/02/18
近所にいるガキどもを見ていると本当に不思議である。ガキどもはなぜあんなに活発なのか、と。無意味に大声を出す。無闇に走りまわる。あの小さな体のいったいどこにそんなエネルギーがあるのか。
しかも、高エネルギーのくせして無益であるところが笑える。あのエネルギーを電力生産にでも使えんものか。
むかし、鳩の集団を見ていて、鳩の首フリがすげー無駄なことに気がついた俺は、鳩の首フリ発電を思いついたのだが、鳩よりガキのほうがより高エネルギーである。子供の日に全国のちびっこどもを東京ドームにでも集め、走らせて電気を蓄積させたい、と本気で願う。
映画 「ファイトクラブ」
2004/02/17
映画 「ファイトクラブ」をDVDにて観返す。つまりこれで観るのは2度目。主演はエドワード・ノートンとブラッド・ピット。監督は「セブン」を撮った、デビッド・フィンチャー。
エドワード・ノートンは、差別主義の狂気に翻弄された人間をテーマにした「アメリカン・ヒストリー・X」を観てから凄いなあ。と思っている役者である。まだ観たことの無い人にはゼヒにオススメする。そして、「ファイト・クラブ」の演技もまた良い。
ちなみに小生おすすめの「ラウンダーズ」にも出演している。
ブラッド・ピットの演技は、よく言われている事だが、本当にこういうクレイジーな役が得意なんだろうなあと思う。それは「12モンキーズ」を観ればまたよく分かる。
この映画は一度劇場で観たのだが、今回DVDで見返してみて初めて気がついたことが幾つかある。まず、冒頭のオープニングシーン。このシーン、やたらドライビング感のある音楽で印象に残っていたが、映像のほうは特に意識していなかった。しかし、よく観るとこれは脳のシナプスイメージから始まって、銃を口に突っ込まれた人の顔までにズームアウトしている映像である。なるほど、へえと思った。
また、上映15分ごろまでに、何度かタイラーが登場する。それがまた、ほんの一瞬、チカっと写るだけである。要は、映像の1コマ、30分の1秒である。ん?今何か写ったよな、とコマ送りにして気がついた。これはサブリミナル効果というよりむしろ内容に関係する良い演出である。
そういった映像的な楽しみもあり、またテンポも良い。脚本も上手く纏まっているので、まだ観たことの無い人にはかなりオススメの作品である。
しかし、精神の成長を12才で止めたピュアで多感な人がいるとしたら、オススメしない。もし自分が12才だったらタイラーの破壊主義なところに本気で憧れたかもしれんからである。
評価:★★★★★
食の安全性
2004/02/16
一昨日、鶏鍋を作った。ダシは鶏がらスープ。そこに酒を入れ、少々の醤油をたらし、塩と砂糖を一掴み。具材はシンプルなほうが良い。地鶏のモモ肉と葱、白菜、まいたけ、豆腐。
そして大根おろしを大量に擂る。鍋が出来たら、小皿にとって、このおろしを乗せてポン酢を染み込ます。
喰ってみる。オホッという感嘆詞が思わず口をついて出る。うまい。
翌日、残った鍋をおじやにする。ご飯を少々、卵をときかけてポン酢をたらす。汁がなくなるまで火に掛けて、勢いよくグワっとかき混ぜる。ご飯のオコゲがちょうど出来ている。これまた最高にうまい。
から揚げ、焼き鳥、鶏鍋。世間では鳥インフルエンザがどうのこうのと言われているが、オレは何の遠慮も無く鳥を喰いまくっている。狂牛病が流行したときも、容赦なく焼肉その他として牛を食べまくった。
もしそういった病気に感染し死が齎されたとしても、望むところだ。
なぜならば、オレの体はこの高度経済体制下の畜産・農業生産によって築き上げられたのだ。強引に増産された食物によって、オレの体は支えられてきた。だからその弊害として発現した病気がいかに異様なものだとしてもそれは受け入れざるをえない宿命なのだ。
食の安全性を確保する、それは自分の口にするもの全てについて確信を持つということだ。それがいかに困難なものであるかは簡単に分かる。極端な話だが、もし仮に、その確信を提供するため卵がひとつ5000円という世界になったら、いったい何人の人が生存していけるのだろう?せいぜい、体制の頂点に立つ権力者か、体制に属しない自給自足の人間くらいなものだ。
その他大勢の、体制に組み込まれた俺のような人間は、生存すら危うい世界である。当然そんな世界を望むわけは無い。
だから俺にとって、食の安全性とは幻想に過ぎないのである。
映画 「es」
2004/02/14
映画 「es」をDVDにて観る。ドイツの映画である。心理学の実験として、二十人ほどを看守役と囚人役に分けてロールプレイさせる。そのうちに起こる狂気のドラマという内容である。
誰かがオススメといっていたので、ずっと借りよう、借りようと思っていた。いつも貸し出し中であった。三ヶ月目くらいにしてようやく借りられた。それだけの人気作なんだから、とっとと本数を増やせよギッニニャー!馬鹿めがァッ!!と心底おもう。何のためのPOSなのか、と日頃温厚篤実で川越街道に沿って有名な小生も憤慨することしきり。
全体としては、大変面白い映画である。役者の演技が真に入ってると思う。無論、小生はドイツ語をサッパリ知らないが、演技に違和感とか嘘臭さは全然感じなかった。
シナリオ的には、見終わった後に、フーン、どうしてそうなるかな。と思った部分もあったが、如何せん、実話なだけに突っ込みようが無い。理不尽というか、不可解な部分も含めて、人間心理ということで納得させられるような映画である。
こういった事件が起きたのは、参加者の人格による部分が大きいだろう。特に集団を統率するようになる性格を持った、リーダー的人物の。しかしやはり、そもそも人間が持つ、増長しやすい狂気という性質はあるのではないか。このesという映画のテーマもそこだろう。そしてそういったことはよく描けている。
もしか明日にこの世の一切のモラルが消えうせたら、小生だって何をするか分からん。もっとも何をされるかも分からんけどな。
人間の欲望が真に解放されたら...ああ、こえーな。
そんな人間の妙な恐怖が知れる、傑作。こりゃお勧め。
評価:★★★★★
劇団 昴 「羅城門」 (演劇)
2004/02/14
劇団 昴 「羅城門」
を観に行くために、文京区千石にある三百人劇場に出かけた。ここへ来るのは、前に「罪と罰」を見て以来である。概観は大きな感じであるが、舞台自体はそれほどでもない。だから臨場感というか迫力がある。
役者の芝居はさすがだなあ、と感じた。この舞台上での役者の迫力は、実際に見ないと分からない。この劇団の芝居を初めて見て、役者の凄さというものを感じたのである。4000円でこういった驚きが得られるというのはあってはいけないことのようにすら思う。
けれど脚本は以前に見た「罪と罰」、「怒りの葡萄」と比べてもぜんぜん敵わない。満足しなかった。その理由は、なんとなく感じている。ただ、一度原作を読み返してからまたあらためてはっきりと書こうと思っている。とりあえず、脚本家のインタビューを引用しておく。
-引用-
『羅城門』も芥川の「偸盗」がモチーフになっていますが、こだわったのはタイトルでした。
芥川の作品の中では「羅生門」と表記されています。
芥川にとって「羅生」(生がつらなる)という言葉は魅力的だったのではないかと思います。
(中略)
荒廃した京の都で、その中でもさらに打ち捨てられた羅城門。
ここにどういった人物が関わったのかを想像するだけでも、現在の日本における我々自身の姿を見つけることが出来ると感じました。
映画 「Empire of the Sun」
2004/02/13
映画 「Empire of the Sun (太陽の帝国)」をDVDにて観る。監督はS.スピルバーグ。第二次世界大戦の中国を舞台に生きるイギリスの少年の話。ストーリーや歴史背景というよりもむしろ、戦争とある少年の感性を描いた作品である。
ジョン・マルコビッチがタフで狡猾な大人として主演。その他には、日本軍の兵隊役で、伊武雅刀が出ている。また、主役と心を通わす若き日本兵として、片岡孝太郎が出ていた。
片岡孝太郎は歌舞伎役者の女形で、いま「白い巨塔」に財前教授に仕える佃医局長役として出演している
。この組み合わせは二度目なのか。どうでもいいが、軽く驚いた。
評価:★★☆☆☆
映画「大統領の陰謀」
2004/02/12
映画「大統領の陰謀」をDVDにて観る。主演はダスティン・ホフマン、ロバート・レッドフォード。原作は、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインで、ニクソン大統領のウォーターゲート事件報道による失脚がテーマ。監督はアラン・パクラで後に「推定無罪」を撮ったりしている。
この二人はワシントンポストの記者。バーンスタインのほうは後にニュージャーナリズムを代表する作家になる。
ニュージャーナリズムについては学生のとき卒業論文で扱ったテーマであるから少しは詳しいが長くなるので割愛する。
主演の二人の演技がかなりリアルで、違和感を全く感じさせない。迫真に迫っている。ただし脚本は、やはり原作が長編なので、尻切れトンボという印象。また原作を読んでいるか、アメリカの政府組織の知識が無いと、台詞中の役職が意味不明であろう。だから万人にはお勧めできない。
どうせならば、本を読んだほうが良い。本も映画も楽しめるから。
評価:★★★☆☆(個人的には +0.5)。
そういえばこないだ、始めてアクセスログを見たら米国の退役軍人省からのアクセスがあった。そんな省があることを知ったのすら初めてだったが、省だからその下には庁がある。でかい組織ということになる。
驚いた。
むしろ怯えた。
デジタルの代償
2004/02/11
たとえばデジタルカメラで撮った写真はパソコンに取り込めて便利である。たくさんの写真を保存できるし、整理も簡単。また修正やプリントが何度でもできる。スナップ写真などをメールで友達に送るものも簡単。そう考えると良い事づくめのような気がする。
ただし、こういう電子的なものは一度操作を誤って削除したり、上書き保存してしまうと元に戻すのは相当困難であり、普通は不可能である。
まえに小石川植物園で撮った写真のファイルが、バックアップしたはずなんだけれども、何処にも見当たらない。それから、操作を間違えて上野で撮った写真をリサイズして上書きしてしまった。
デジタルであることは確かに便利であるが、その代償としてこういった危険性が存在する。そんなことはもう何年もパソコンを使っているから分かりきっているし、注意もしているのだが...
虚しさを痛感し、思わずキッヘーと漏らしてしまった。
モノより思い出
2004/02/09
こないだ新宿で友達に会った翌日に、別の友人と鮨を食べに行く。さてこのごろ物欲がめっきり消失してしまった、資本主義不適合者の小生であるが、こうやって友人たちと過ごす時間は以前より欲しいと思うようになった。誕生日にそういう思いが満たされるのは、どんなプレゼントよりも心を喜ばせる。
どこかの車の会社が、「モノより思い出」というキャッチコピーを使っているが、これ以上のいま小生の気持ちを表すものはない。
物を売る会社がそういう風に言うのは、なんだかイヤラシく感じるのは確かだが、それを差し引いても、コピー自体を考えた人は間違いなくセンスのある人だろうと思う。
PERL
2004/02/08
あれこれしながら、ようやくPERLでCGIを一つ作った。コラム作成CGIである。作り始めるとあれこれとアイデアが湧き、一通り動作するものからのブラッシュアップタームが長かった。詳しい人から見ればなんともボウフラのクネるが如きPerlであろうが、自分が楽しみながら出来たので宜しい、ということにする。
さてこれで、日々の更新が大変楽勝なのは鉄板であるが、内容がグレードアップできるわけではないのが少し残念な今日この頃である。
さてそうやって作成している間、動作の具合を確かめるのだが、何となく過去に書いたものを読み返す。我ながら意味不明だなあ。と思う文章もたくさんある。
思っていること、言いたい事というのは、頭の中にあるのだが、それを文章にするというのは、パズルをきちんと組み合わせる作業のようである。
パズルはいちおう組み合っているが、ピースが部分的に間違えていて、遠くから見れば違和感が無いけれども、仔細に見るとここのピース、おかしい具合にはまっとるなあ。ということになる。
機会があれば書き直したい。
新宿 茶々花
2004/02/07
新宿で友人二人と飲む。二人は大学時代の友人で、二人とも女性だが、なんとなくウマが合うと思っている。というよりも、気が楽である。第一に、俺が好きなことを喋らせてくれる。普通、異性を相手にすると、話題について多少は気にかけるのだが、そういうプレッシャーが全然無い。
また、向こうも好きなことを喋っている。俺にとって、あんまり興味が無い話でも、女性二人で喋っているから、そのやり取りを見てれば話よりもずっと面白かったりして、気にならないし、飽きない。
そういった二人を見ているときの俺は、なにか草原で、隣りあった二輪の花が風に揺られて戯れているのを見るような、そういう心象である。花には詳しくないのでそれ以上は喩えられないが、オレンジ色の薄い花弁である、ような気がする。そういう心持で酒を飲むというのは最高に爽やかである。また、もし二人を女性としてみているとしたら、そういった意味である。
これがゴツゴツした大の男、ふたりだったら、とても気持ちが悪くて酒なんか飲めたものではない。だから異性の友人というのはとても貴重なものである。
ところで飲みに行った新宿の居酒屋は、茶々花とかいう飲み屋である。花園神社に向かう歩道の途中にポツンとある。一軒家を改築した飲み屋で外見は、隠れ家風である。しかし中は、ストイックに洒落た内装ではあるが、特に間仕切りがあったりするわけでもなく普通の居酒屋である。
料理は、オススメを聞いて注文したのはまあまあ美味しかった。それ以外はどうということも無い。それでも人は多く入っていて、東京というのはそんな隠れ家風というだけで人が入るもんなのかと思った。以前から、東京というのは居酒屋砂漠だと思っていたが、ますますそんな気がしたのである。
文芸春秋 巻頭随筆
2004/02/04
以前に少し書いたのだが、文芸春秋編、「巻頭随筆」は大変にお勧めの本である。自分は図書館で借りて、文庫で読んだ。割と古い本で、初版は1979年。であるから、掲載されている話はそれよりも古い。
様々な人が書いている。会社役員とか、作家・詩人とか、芸能人とか、政治家である。そういった人たちのいろんな経験が書かれている。色々な世界を垣間見せてくれる逸話集とも言える。だから、面白い。
一つの話を紹介しよう。これは元大蔵事務次官の谷村裕さんという方が書いたもので、「言い間違い」というものである。
一万田蔵相といえば、二回にわたる在任中に少なくとも五十や六十の珍語を造出したことで有名である。例の「エケチット」式の入れ違いが多く、ロード公団(道路公団のこと)、プラトン輸出(プラント輸出のこと)、(略)など、数えあげれば切りがない。「今日は、花岡村子さんとダザン会じゃ」などと、まともな顔でいわれるとぜんぜん奇異に感じないから不思議である。
こういう入れ違いの言葉なら、まだそれなりにルールがあるからいいが、まるで滅茶苦茶なのもある。海山千山(海千山千のつもり)、テリロン(化学繊維の一種のつもり)、(略)などは、その時の雰囲気で判るというものである。
こういった風に、ちょうど、酒場で、隣に居た人が話してくれた話が相当オモシロかった。そういう感じで全編を読んでいける本である。なお、この蔵相はときおり「それは一鳥二石の妙案じゃ」と口にしたそうである。
断然、お勧めである。読め。
データの可視化技術
2004/02/04
「日経サイエンス」は俺がよく図書館で借りて読む、科学雑誌である。中身は難しく、けっこう意味不明だが、喩えればオーケストラの演奏をフームという顔つきで聴いているような感じで読む。
つまり、貴様がどれほど内容を理解しているかと正面を切って尋ねられたとしたら、ほんの数パーセントです、というところである、が、興味深いと感じていることは確かである。でなければそもそも借りない。
その雑誌のホームページに、現在、ビジュアルサイエンスフェスタなるコンテンツ
がある。データの可視化技術である。
たとえば2003年度の作品では、TNT爆弾が爆発したときのシミュレーション画像などがある。レンズで撮影したときに、空気の圧力差による歪みが表現されている。Matrix Revolutionsで表現されていた、衝撃により画面が波打つ映像は単なる想像上の効果ではなかったのか、と納得した。
ともあれ、これらは映像の記録、ではなくて作成である。数式やアルゴリズムに基づいて世界を見せるわけである。数式という理屈から映像を作る、ということは、地球上で目にする映像は数式から導き出せる。つまり世界は数式で表現することが出来る。
実際に数学者の中には、本気でそう思っている人もいる、と何かの本で読んだ。何をバカな。と思っていたが、もしかしたらそういう可能性はあるのかもしれない。その点で凄みを感じる。
DVDプレイヤー DVP-NS730P
2004/02/02
数ヶ月前、家電量販店のDVDプレイヤー売り場に映像の比較コーナーがあったので、何気なく2台のモニターを見ていた。一つは普通のテレビにDVDプレイヤーを繋げた組み合わせ。もう一つはプレイヤーとテレビがプログレッシブ再生対応の組み合わせ。
前編CGアニメのトイ・ストーリーが映されたいた。このCGアニメという素材の所為なのか、プログレッシブ組みのほうがやけに綺麗で鮮明で感心した。
以前のコラムを読むとDVDプレイヤーは5.1chのサウンド環境(スピーカーが前に3個、後ろに2個、低音を増強するウーファーが1個)にしてナンボだと思うので俺は当面DVDプレイヤーは買わない。
などと断言している。
しかしコレは全くの誤りである。現在は、SONYのDVP-NS730Pを購入して、またテレビもプログレッシブ対応にして、組みで美麗な映像を堪能している。専らDVDでしか映画を見ない。ビデオデッキは地上波の録画で使うだけになった。
つまり俺は間違っていたわけであり、誰かが咎めればスマナイなあと誤るしかない。幸いにして俺はとても実直素直な性格であるから撤回と謝罪に吝かとなる気持ちは微塵も無い。
ラッキー。
映画 「ディア・ハンター」
2004/02/02
映画「ディア・ハンター」をDVDにて観る。いつか、知り合いにお勧めの映画を聞いて廻ったときに、誰かが挙げていた作品である。誰かは忘れてしまった。
主演はロバート・デニーロ。ベトナム戦争を境に前後の若者の生活を描いた作品。丁寧に描いているのは分かるし、その分、ロシアンルーレットの場面は緊張感に満ちている。ただし、上映時間が三時間とあって、退屈に感じる。
登場人物がロシア系という設定(教会や名前など)に何か意味があるのだろうかといった疑問が残った。実際の取材を元にした脚本だろうか。
評価:★★★☆☆
ちなみに本作では、アル・パチーノ主演、「狼たちの午後
」で、共犯のサル役を演じたジョン・カザールも出ていた。
この映画は面白かった。お勧め。
映画「GOGO LA」
2004/02/01
映画「GOGO LA」をDVDで観る。監督はミカ・カウリスマキ。あのやたらとストイックな映画を撮るアキ・カウリスマキの兄貴。
ということで観たのだが、脚本自体は凡作なハッピー青春映画。ジョニー・デップがチョイ役で出てるので、ファンなら登場どころでギャー!となるかもしれないがそんなものが映画の楽しみとは思えないのでどうでもイイ。またアキとの関係上か、レニングラード・カウボーイズも出演しているが同じ事である。
ただしヴィンセント・ギャロの軽い性格の役ながらやたらと存在感のある演技はかなり光る。またヴァネッサ・ショウのスタイルがバカみたいに目の保養となる。しかしともかく、兄弟とはいえ残念ながらその才能には大きな隔たりがあることを知らされた。もっとも、これは自伝的な小説である脚本の所為かも知れないが・・・
また映画の脚本についてプロデューサーに売込みを図る場面で先日偶然観た、「K-19」の話があった。これはユング心理学で言うところのシンクロニシティとかいう現象か、それともただの偶然か。
評価:★★☆☆☆
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