映画 「ドリームキャッチャー」
2004/03/29
映画『ドリームキャッチャー』をDVDにて観る。監督はスピルバーグ。主演はトーマス・ジェーン、モーガン・フーリマン、そしてダミアン・ルイス。
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ダミアン・ルイスは同じくスピルバーグが総監督をした『バンド・オブ・ブラザーズ』でウィンター役を演じていた。スピルバーグが結構お気に入りなのだろう。本作でも二役を見事に演じている。この役者はもっと知られても良いように思う。ちなみに『バンド〜』もお勧めの作品である。
当初サイコ・ホラーかと思って借りたが、以外にエイリアンの話になる。しかし非常に面白く纏まっていて、面白い。『フロム・ダスク〜』とは大違いである。これは一重に原作のスティーブン・キングの小説が出来の良い物語であるために違いない。
映像もDreamWorksらしく、CGをさり気なくかつ、ふんだんに使用しており、SFのビジュアル的にも凄いと感じさせる。
ネタがハッキリしているだけに、何度も繰り返し見たい、というような作品ではないが、観終わった後は結構な満足感がある。ちょっと『スタンド・バイ・ミー』的な雰囲気もある。
彼女や家族と一緒に楽しめる映画で、お勧めである。
単純に楽しむ映画は嫌だ!ってヤツは見なくてもいいだろう。
評価:★★★★☆
映画 「座頭市」
2004/03/28
映画『座頭市』をDVDにて観る。主演はビート武、他に浅野忠信、ガダルカナルタカ。監督は北野武。
同名の作品は勝新太郎が演じていたが、これは観たことが無い。勝新太郎といえば、『人斬り』という映画を観ただけである。この作品はとても面白かった。
本作で印象的なのは、まずフィルターによる画面の微妙な色使い。それから容赦の無い暴力シーン。斬られたところからビューっと血が飛び出る。小生は人を斬ったことがないのでよく分からないが、動脈を切ったらたぶんあれ位は威勢良く飛び出るだろう。
演技もまた宜しい。武の演技というのは大体の作品で抑え目であるが、今回もそういった調子であり、またそれが市の姿として違和感なく観られた。
それから、どうして日本の映画は役者の台詞がボソボソとしか聞こえないのだろうかと長い間、そう思っていて、あまり好みではなかったのだが、本作品ではあまり違和感が無かった。その理由までは分からないが、まあ物語の内容、脚本がそういった台詞に合っていたのかもしれない。
全体的に明快な勧善懲悪のスバっとしたストーリであり、また笑いもあり、血の量を除けば誰にでもお勧めできる作品である。
ただし個人的には、暴力の描写に不満がある。これは本作品だけに限らず、暴力的な場面がある作品の多くに対する不満であるが、一言で言って真実味がまるでない。小生は中学生の頃、喧嘩をした相手の友達連中から報復を受けてボコボコに殴られる日が半年ぐらいあった。息も出来なくなるほど痛めつけられたこともあり、人はけっこう簡単に死ねるものじゃないかと思った。ちなみに今でも鼻は、外見は全く異常が無いが中の骨は曲がってるし、顎もなにかカクカクする。
単なるガキの喧嘩ですら肉体的・精神的な苦痛は耐えがたいものであったのに、刀で切られたり、銃で撃たれたりして格好よく死ねるはずがない。さらに死ねればまだ良いが、深刻な障害を肉体に抱えて生きていくということがどれだけ辛いかということ---これが暴力の真実である。
そんな暴力描写をしている作品は殆ど観たことが無い。その意味でこの作品もファンタジーな暴力描写で、飛び出る血の量にくらべて真実味が薄っぺらなところが不満である。
評価:★★★☆☆ (+0.5)
「理念」と「集団」
2004/03/27
朝まで生テレビを朝まで見ていたのだが、とても興味深かった。テーマはオウムと連合赤軍。ちょうど小生が番組を見始めたのは後半の連合赤軍の話からである。
俺は連合赤軍とか何度か耳にしたことがあったが、正直に言って、社会を知らない学生がイデオロギーに嵌って暴力事件を起こす、なんかヤベエ連中みたいだけれど、もう古臭い昔の話なんだろうというイメージしかなかったが、今回の放送でよく理解できた。
つまり、学生の安保闘争が安田講堂で権力につぶされ、そのために武力闘争を手段にした赤軍が結成された。赤軍は他の左翼グループとともに連合赤軍となった。幾度か権力に武力抵抗するうちに、権力打倒の可能性を見出した。しかし打倒後に樹立する組織についてまで深刻に考えていたわけではなく、ある意味消極的必然的に党組織を立てるしかなかった。そこにおいて党組織の支配力がより確固としたものになり、結果としてイデオロギーの強烈な呪縛、そして総括という名の自己批判の暴走によって内部的に崩壊していった訳である。
暴走の具体的な過程は異なるにしろ、イデオロギーをドグマ(教義)と置き換えれば、これはオウムのようなカルトにも同じように存在する問題である。
つまりこの二つは、「理念」と「集団(組織)」そして「行為の暴走」という同じ問題を抱えているのである。これはまた、当然ながらスターリン圧政、ポルポトによる虐殺、中国の文化大革命と同じ種類の問題である。ついでに言うと、映画「es」にも描かれてもいる。
この問題の存在を一言で表現したのは、右翼団体「一水会」の鈴木邦男の一言である。元連合赤軍兵士である植垣康博に
>我々右翼の世界でも同じです。団体で行動を決定する際には意見の
>過激なほうが通りが良いでしょう、勝つでしょう。ちょっと
>止めようよ、なんて言う人間は、なんだお前、今更臆病なことを
>言って、そんな事を言ったら(理念のために)死んだ仲間に申し
>開きが立たないだろう、と言われてしまう。
と言う事を述べていたのである。
このような問題を受けて、その後、ある一つの価値観や理念だけの信仰を否定し、記号論や価値相対主義(アレにもコレにもそれなりの存在理由というものがあるんだよ)の台頭があった。しかし、その結果、価値の不在という問題が別に生じたのではないか。
それがイラク派兵問題や、冷血な殺人その他現在の諸問題として表層に見られるのではないか、そのようにして話は進んでいたが、俺もこの話の流れには概ねナルホドと納得し同意した。
ちなみに俺はこう思う。確かに一つの価値観や理念を単純に持つことは、前半に書いたとおりの危険性を持つ。しかし、価値や理念の不在というのは、また同様に単純な価値を持つことになる。現在の学歴偏重の薄ら寒い教育事情がよくそれを証明している。
いずれにしても、そのような単純で薄っぺらな価値や理念は、人から思考を奪い ---またはその単純さを悩み、解決を求め--- 先ほど述べた「行為の暴走」に安易に陥ってしまう。
単純な理念は危険である。
したがって、自らが価値や理念を主体的に獲得すること、そしてそれらを持つまでの正しいプロセスを獲得することが重要である。ついでに、自分と異なる価値や理念を持つ人とどう折り合っていくかということも学ばなければならない。
ただし、この学習はあらかじめ回答が用意されているようなものではない。だから、なるべく早い段階で多様な価値観に触れさせ、自分がどう思うかを自分の頭で考えさせる。また実際に議論させるということが大切なのである。
俺が文部大臣になったら、という話をよく友人にご説教するのだが、そのような考えから、答えのある学習は塾にでもやらせて、学校はコミュニケーションやディベートを大量にやらせることにするのである。ついでに言うと、教職員の制度も大幅に変える。民間での就業経験をある期間必ず経てから採用試験を行う。大学を出ていきなり先生などとは絶対に呼ばせない。さらに、専門家やスポーツ選手や芸術家その他の方々にも師範として、一定の期間でも働いてもらえるようにする。
なんか話がだいぶん逸れたが、価値や理念といったものについて今一度、自分なりに考えてみたのである。
余談として、先日、中国人活動家が尖閣諸島に上陸した問題については、もう国際的な機関に領土決定の裁きを下してもらい、関係国がそれに必ず従うというようなことで解決するべきである。このような問題で陳腐なナショナリズムが横行することは、どうにも気分が悪い。
雑誌・週刊誌について
2004/03/25
以前、池袋の潰れた書店のことを書いた。きっと書籍の売上は激減しているだろう、と書いたが、やはりそうであるようだ。本日のNews23で週刊文春の話題があったとき、書籍売上の現象がもう何年も続いている、またある書店では年々10%ちかく売上が落ちていると報じていた。
これは間違いなくインターネットでの情報の氾濫の余波である。
この余波を受けないのはおそらく、長文の小説(コンピューター画面で見るのは大変疲れるため)などくらいなものだろう。
ただし週刊誌や雑誌がいずれ全滅してしまうか、というとそうではないと思う。インターネットでの情報は自分で探し出し、必要なところをかき集めて、(あるいは脳内で)編集しなければならない。この手間は時としてかなりの労力を要する場合がある。
その点で、エディトリアルが上手である雑誌は読むに実に楽なものである。
またエディトリアルだけでなくコンテンツにも利点がある場合がある。匿名など責任の所在があやふやなインターネットの情報より、それなりの経費をかけてきちんとリサーチをしているものは読者の信頼を得る。
ただしそこいらにある雑誌の多くは適当な内容が多いので(特に旅行雑誌に多い)、それでは自然淘汰されて当然であろう。
編集の巧みさと内容の誠実さ。これは全く基本的なことだと思うが、それ以外の雑誌や週刊誌が生き残る道はないと言える。
映画 「ラウンダーズ」
2004/03/24
映画『ラウンダーズ』をDVDにて観る。主演はマット・ディモン、共演にエドワード・ノートン、ジョン・マルコビッチ他。
ポーカー賭博をテーマにした映画である。この特殊なポーカーについては全くどのようなゲームか知らなかったが、映画を観ていればだいたい理解できるし、出来なくとも賭博そのものについてかなりよく描かれているので大変面白い作品である。
ギャンブルの中毒性と、その主成分である刺激・興奮ともに観ていて伝わってくる。ギャンブルの興奮というのはスポーツとは違って、静かで、例えば緊張のあまり身体は硬直し顔面は真っ赤になるという類のものである。そういう「静かな」興奮性は、まさしく劇中に登場する世界チャンピオンの繭一つ動かさない描写で暗示されている。
それに現実で賭博中毒を何人か見てきた小生にとっても、かなり現実的なタイプとして、登場人物が脚本・演技ともに表現されている。特に生活のために賭博をする眼鏡をかけた人物の存在は際立つ。
たしかにギャンブルに勝ちやすい人・負けやすい人というタイプはある。前者は冷静に状況を見られる、タフである、冷酷である、愛想が良い、など。また後者はその逆である。
その勝ちやすい人である、主人公の未来がハッピーなのはアメリカ映画らしくそれはそれとして良い。それに対して、エドワード・ノートンが演じる役柄の未来は破滅である。ただしこの破滅は最終的にすこしうやむやな感じで描かれているのが残念である。どうせなら破滅のほうもきっちり表現して欲しかった。現実的には賭博と破滅は靴底に付いたガムのようにぺったりとしているものだから。
まあそこが唯一の不満で、あとは良い映画だというのが感想である。賭博者としての演技はともかく、ロシア人を演じるマルコビッチの演技もまた戦慄ものである。
買っても後悔はしない。オススメ。
評価:★★★★★
また、どうせなら、イギリスの青春もの的な映画「ロック、ストック&ツー・スモーキング・バレルズ」も見た方が良い。
これはガイ・リッチーという監督の作品で、この映画を観てブラッド・ピットが出演させてくれ!といったほどのもの。
ちなみに俺は3回観た。ので必然的に評価は★★★★★である。
映画 「フロム ダスク ティル ドーン」
2004/03/24
映画 『フロム ダスク ティル ドーン』をDVDにて観る。主演はジョージ・クルーニー。共演は製作指揮にも関わったクエンティン・タランティーノ、そして彼の作品『レザボア・ドッグス』にも出演したハーヴェイ・カイテル。
映画の前半は犯罪暴力映画であるが、後半は吸血鬼退治、と前半と後半で思いっきり違う内容の映画になる。推測に過ぎないが、おそらく別の脚本として用意したものを無理やり繋げたような気がする。
別の物語として観ればそれなりに面白い。映画の出だしや、猟奇的で興味深いタランティーノの役柄など部分的には興味を引かれる箇所はある。また吸血鬼というコンテクストでマニアが喜ぶというらしいが、しかし総合的に脚本を捉えると、どうしても手抜きで作ったとしか思えない映画である。
Amazon.co.jpには良い評価のコメントが目立つが、それらに映画として冷静に全体を見てどうだったか、という感想は無い。それらのコメントにあるような作品を観るならば、『マーズ・アタック』を選んだ方が数十倍良い。
評価:★★☆☆☆
記憶能力
2004/03/21
人には、短期・中期・長期記憶能力があるが、その長期記憶能力の働きが良い人は、一般的に頭が良い人と見なされる。その理由は、記憶というものの蓄積は経験であり、またそれを多次元的に、大量に保持できる人は同じく蓄積から生まれる社会にとっても有用だからである。例えば医者や法律家などである。
小生の年の離れた友人のある麻酔科医は、マージャンの捨て牌を手出しかツモ切りか、四人分すべて憶えている。小生のように、二順前のことも良く覚えていない人間から見ると、これは異常だし脅威だし、そういう輩に立ち向かうには度胸と勢いしか取る手段が無い。
もとい、そういった記憶に関する話についてのテレビを見た人から興味深い話を股聞きした。
記憶がすべて長期記憶に入る人の話である。その人は人間の顔を覚えることがとても困難だったそうである。表情が変わると、その変わった表情を別のものとして記憶してしまうためである。また、小説や物語を読むことも不可能だったそうだ。言葉だけが一つ一つ長期記憶に落ち込み、無数の言葉の羅列がただ続くだけでストーリを追えなかったためである。
そう考えると、記憶を適当に扱う能力も、思考する動物として欠くべからざる機能であるといえる。
様々なストレスを抱える経験も、忘れてしまえるがために、朗らかに生きていけるということである。
ちなみに、この人は短期・中期の記憶を働かせる遺伝子の欠如のためにそういった障害が起こったそうである。つまり記憶能力というものにもまた遺伝子が重大に関与しているのである。
したがって、例えば貴方が小生と同じように、鳩の首振り宜しく記憶が蒸発する人間であってもただちょいと遺伝子の作用が足りないだけで、そのため脳内の電気処理が活発ではないだけであり、何も落ち込む必要は無いのである。
むしろ適当に記憶を忘れてしまえるという点で、朗らかであれる可能性がより大きいと思えば宜しいのである。
メーラー
2004/03/20
BBSでお気に入りの話が発展しているのをきっかけとして、PCを道具としてより自分の感覚にフィットするように使うことに対する意識がまたメラメラと燃えてきた。
そこでメールソフト(メーラー)の使い勝手についてまた見直した。現在使用しているのはEdMaxというソフトのフリーバージョンである。Outlook系統のソフトがウィルスに狙われるようになり、かえってソフト自体の存在がウィルスと呼べるものになったといっても過言ではない。そこでもってこのEdMaxはその意味で安心であり、また使い勝手もよく愛用していたのだが、検索してその結果該当したメールを一括処理する段階においては、フォルダ間のコピーしか出来ない。
いたらんメールを差出人で一括ではじき出して削除。ということが出来ないということであり、その点ストレスが生じる。
そこで鶴亀メールというものを使用してみようかと思う。
その際の以降手順を備忘がてらに記録する。
まずEdMaxのシェアウェア版をダウンロード後インストールし、フリー版からログを移行する。そしてシェアウェア版から、エクスポートを選択して区切り Unix Mboxを選択して書き出して、鶴亀で取り込む。
食の安全性
2004/03/18
葱はだいぶん長い間、食べられそうである。
いつ買ったか思い出せない葱があるが、上のほうの青い部分は枯れてしまっているが、下のほうはビジュアル的になんの不都合も無さそうである。異臭もしない。
食っても大丈夫か。
その葱を見ながら、食の安全性というのは、つまり、「安くて」「多様なもの」が食べられることとのトレードオフなのだと思った。
アテネオリンピック
2004/03/16
アテネオリンピックのサッカー予選は実にドキドキハラハラして面白い。このような緊張感のある展開となって、テレビ朝日もかなりオイシイと思っているだろう。同時に、放映権の価格はこのようにして上がるのだなあと思った。
女子のマラソンでは高橋選手が落選した。かりに他の選手を落としたとしてもやはり非難は生まれただろうことを思うと、これこそ苦渋の選択なのだなと思う。ただし、例えば瀬古選手の場合のように、さんざん不明瞭だといわれた昔の選考基準に比べると、今回は数字を重視したクリアなもので、その点では陸連も進歩しているから、個人的には評価したい。
まあ高橋は最終選考レースには出られなかったんだろう。個人的に出たいという気持ちがあっても、そこで結果を出せなかったらそれこそ選考からは落選であり、だったら出ずに実績という点で合格に勝負をかける。そういう気持ちだったのだろうか。
まあ金メダル、一つ獲ったから良いんじゃねえか、とも思う。
映画 「ワイルドスピード2」
2004/03/15
映画 「ワイルドスピード2」をDVDにて観る。主演はポール・ウォーカーで『1』と同じだが、監督は変わっている。他の出演者も同様。
前作に引き続いて、スピード感の演出は秀逸である。シナリオも前作のなんだかなあな部分を解消しようとしつつ、また安定したエンタテイメント性をもって書かれている。一言でいうと、白人と黒人のコンビの痛快カーアクション。カーが無ければ結構今までのメジャーな作品と似たような内容である。その意味で、安定と評した。
まあ家でなにも考えずにボーッと楽しむには最適である。あるいは、サブウーファーのついた音響で日本のヤンキーの悲壮な自己主張よろしく、低音をボンボン鳴らして鑑賞してみるのも良い。
評価:★★★☆☆
映画 「英雄 HERO」
2004/03/14
映画「英雄 HERO」をDVDにて観る。主演はジェット・リー。監督はチャン・イーモウ。
ジェット・リーの出ている映画にアタリ無し。『グリーン・ディスティニー』や『ワン』などを観てそう思っていた小生であるが、本作品はCMなどで観た映像が綺麗そうだったので借りることにした。
映像はとても綺麗である。幾つかに分かれた内容によって、画面を占める色が変わる。青・赤・緑・白。まるで何かTVのような映像機器のコマーシャルのように鮮やかで文句無く素晴らしい。シナリオもすっきりと纏まっている。
アクションは、いやあ役者の人は頑張ったなあというのが感想である。殺陣の迫力はある。ただ、ワイヤーアクションがあまりにもそれっぽくて、『Matrix』シリーズの完成度の高いワイヤーアクションを見た後では安っぽく感じてしまう。
なお、相変わらずジェット・リーの演技は失笑もんである。三つくらいしか表情が無い。笑顔・起こった顔・普通の顔。君の演技は欽ドンか、と突っ込みたい。
監督のチャン・イーモウはどちらかというと、今まではヒューマンドラマ的な作品が多くて、そういう監督かと思っていた。しかしこのような作品も撮ったのは、自分自身がそういった作風から脱却しようとしたためなのだろうか。
評価:★★★☆☆
このチャン・イーモウなら、ほのぼのとした、「初恋のきた道」がお勧めである。
こっちの作品の評価は、★★★★☆。
日本の風俗産業
2004/03/10
文化に特有なコミュニケーションパターンにおいて、子育てを例に取ると、日本は母親の言葉かけが少ない。だから幼児はむずかり声で応える。ゆえに身体接触が緊密である。
それに対して、英語圏は、言葉かけが多く、乳児の発声も頻繁であり、言語を会したコミュニケーションが多く、ゆえに身体的距離が生じる。
ということを放送大学のテレビ放送で見た。
日本で風俗産業が盛んなのは、そういうことか。
と訝った。
ちなみに俺はかつて風俗に行ったことが無い。金さえ払えばどいつもこいつもみな一緒、と金で均質視されることが納得ゆかんからである。各人のちんぽが異なるというのに、同じ料金だとは、ちんぽに失礼である。
というようなことを、ヒマだから風俗に一緒に行こうよと暮れも押し迫った年末、わざわざ電話をしてきた友人に一喝したことを思いだした。
好きな映画のジャンル
2004/03/09
いったい、俺は戦争映画が好きである。特に無意味に人がパタリパタリと死んでいく映画が好きである。そういう映画を観ると、ああ人命というのは尊くない、というのがむしろ真理なんだなあ、と思うからである。
人命が尊いというのは誰もが何となく教わって、そう信じるものである。しかし本当に尊いかといわれたら、そうでもない。少なくとも真理ではない。人命が尊いというのは、繁栄ための前提である。人命は尊くない、として人が欲望のために好き勝手に殺し合いを行えば、人類は繁栄できないからである。
そして、前提にすぎないから、理性や欲望のタガが外れた時に平然と殺し合いをする。
野生動物は繁栄のために、実に奇跡的なバランスで殺生をし、食物連鎖を形成する。しかし人間は繁栄のために殺生をしないようにする。つまり理性をなくした人間の殺戮本能がいかに凄まじいものであるか、ということである。だから前提を作っておかなければならない。
人間とは良くも悪くもその程度のモンである。戦争映画を観ると、そういった戒めのようなフレーズを読むような気がして、好きなのである。
以前、『ブラックホークダウン』という映画を観た。この戦争映画はストーリーはショボイもんであるが、やたら人が死ぬ。特に現地人が数え切れないほど死ぬ。あまりに無慈悲に殺されるので、笑いすらでる。
趣味が悪い、と思われるだろうが、その笑いは、人命を尊ぶという前提、言い換えれば人類の発明が派手にぶっ壊されることから生まれた笑いなのである。
食に関する疑問
2004/03/08
ふと思ったのだが、野菜の賞味期限はどれくらいなのだろうか。
スーパーに買い物に行っても、肉や魚、卵などは包装に書かれているのでそれと分かるが、野菜は書いてない。いったい、キャベツや葱はどれくらいの期間、安心して食べられるものなのか。
もちろん、見た目で腐ってたり、異臭を放ったりしてれば分かるが、その二点が大丈夫そうなら食べても問題ないのだろうか。しかし、問題が無さそうでも、いつ買ったか記憶に無かったりすると不安である。
小学生の時、家庭科もやらされたが、もっぱら食の栄養素などについてであり、そういった賞味期限ということは教わっていない。誰からも教わっていない。わりと大事というか基本的なことだと思うのだが...
経験則で学んでいくものかもしれないが、以前、鍋とか炒め物に使おうと買ったシイタケが多すぎて、放置していたのだが、腐ってしまった。なんか台所近辺が以上にクセエと思っていたら、そのシイタケの腐敗臭であった。
どれだけ臭いニオイだったかは、嗅いだ人にしか分からないと思うが、地獄の悶絶臭と呼ぶにふさわしいニオイであった。
映画 「鬼子来了」
2004/03/07
映画 『鬼子来了』(邦題:「鬼が来た!」)をDVDにて観る。監督・主演と脚本は、姜文(ジァン・ウェン)。役者としてのキャリアが第一で「紅いコーリャン」などに出ている。監督した作品は94年の「太陽の少年」に続いて二作目である。
この作品は日中戦争を時代背景としている。普通、戦争が映画の要素にあると、どうしてもその捉え方について二通りの見方が生じてしまう。特に戦争に直接関わった国が製作するとなると、観るほうだけでなくて作るほうにもその見方が自然と出てしまうことが多い。
しかしこの作品はそういった見方を一切していない。ただ戦争というものを脚本の一要素、テーマを具現化する一手段として冷静に扱っている。そんな印象を受けた。監督がインタビューで述べた、
> 確かに戦争は、私の興味を最も明確に具現化してくれます。しかし私が描く人間の行動は、今日の社会にも常に見受けられるものなのです。 (姜文)

という言葉もそれを裏付けている。
またこのような冷静な取り扱いが成功した原因は、この脚本がフィクションであるからだろう。
すなわち時代背景は史実から拝借しているが、それはたとえ話のようなものであって、例えば日中というところが任意の国名であったとしても、この作品のテーマは少しも変質したりしない。
ではそのテーマは何かというと、これは人間の不条理さである。監督の言葉で言い換えるならば、
> 日常生活においては喜劇と悲劇は表裏一体であり、両者を別々にしては映画を撮れないと考えています。(姜文)

ということである。そしてこのテーマは物語の要所として実によく描かれている。異文化が交差する時の笑いの基本、言い換え。日本兵の本音。男の弱さ。無意味な殺戮。衝動的な復讐。
かつて観た映画で似たものといえば、『ノーマンズ・ランド』があるが、それを超える出来の作品である。
最後の場面で飽和する色に、泣けた。
最高にお勧めの作品である。映画が好きなら、絶対に観とけ。
評価:★★★★★
映画 「バッファロー66」
2004/03/02
映画「バッファロー66」をDVDにて観る。主演はヴィンセント・ギャロ。他にはアダムスファミリーに出ていたクリスティーナ・リッチ。監督脚本音楽その他もろもろもギャロ。
何年か前、この作品が制作された当時、アパレルのトランスコンチネンツがやたら宣伝を打っていたことを思い出す。だがその宣伝のためにお洒落映画臭が死ぬほど放たれているようで見向きもしなかった。
いったい、俺は映画に限らず、お洒落っしょお洒落っしょ、お洒落っしょ。的なアプローチをするものは、そのものの後頭部を踵でけり落としたくなる性分である。
しかし今回は以前見たギャロのGOGOLAにおける飄々とした演技が気に入り借りて観た。何事も先入観を持ってはいかん。今更言うのもなんだが。
脚本は以外にも纏まっていて、楽しめる。なんだかフランス映画のようである。音楽も良い。総じて、良い意味で裏切られた作品である。見て損は無い。個人的にはリッチがアダムス〜に出ていたことに気がつかず、なんかカワイイ女の子だなあと思っていたことがショック。
評価:★★★★☆
評価の割には淡々とした感想ではあるが、これはなにもギャロの演技を模したわけではない。実はこの後に観たDVD、「鬼が来た!」の衝撃が大きくて、そのことばかりを考えているせいである。
映画 「キャッチミーイフユーキャン」
2004/03/01
映画 「catch me if you can」をDVDにて観る。主演はレオナルド・ディカプリオ、そしてトム・ハンクス。監督はスピルバーグ。
映像は秀逸で脚本もよく纏まっていると思うが、これといって印象深かったという感想が無い。強いて言えば、詐欺師と捜査官が初めて直接出会う場面くらいである。
その場面を見ればわかるように、詐欺行為はやはりばれるかばれないかというところに興奮がある。しかし本作はむしろ、ただの追いかけっこという展開が殆どなので、印象に残らないのだろう。
まあ、家族とか彼女と一緒に観るなら、とてもお勧めという点で、評価を+0.5にしておく。
評価:★★★★☆
そういえばスピルバーグが監督した「シンドラーのリスト」が4月23日に発売されるというので楽しみである。
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