ワイン
2004/05/31
一年ぶりに会う友人の家庭にお邪魔して、手作りの美味しい料理と、小生が持参したワイン2本をたらふく飲み食いした。仕事の話やら、友人の話、はては家に置いてあったサックスをブーブー鳴らしたりして、楽しい時間というのはすぐに過ぎるなあということを改めて実感した。
ワインも、この値段とは思えない味で、クピクピ飲めた。
ところが、やがてワインの種と皮から生じるという毒素が小生の身体をむしばみ、気は正気であるのにとんでもない頭痛が発生する。小生はとても分かりやすい人間性の持ち主であるから、とたんに口数が減り、満面のイタイ顔となる。
浮かれた小生の心に鉄の楔を打ち付ける。ワインはいつもそうである。口惜しい奴だ。と思いながらいっそう頭痛は増して、半べそをかきつつ電車で帰る。帰宅したらウーンウーンと唸りつつすぐに寝た。
ただし察するに満身創痍なのは小生だけではないようであり、その友人もかなり毒素に侵されていたようである。そんな中、ひとりケロリとしていたのはその細君だけであり、いま思い返しても微笑が誘われるといった按配である。
美味しい料理、ありがとうございました。
犠牲者
2004/05/29
「 戦闘機が買えるくらいの はした金なら 要らない 」
(『NO,NO,NO』 ; The Blue Hearts)
戦争において犠牲になった全てのジャーナリストと、そのご遺族の方々に敬意と哀悼の意を表します。
-------------------------
以下は以前の人質事件の時における友人とのメールのやり取りである。
-------------------------
-------------------------G氏
あと、人質事件はオレも興味があるので、ちと書いてみる。
自己責任云々についてはオレも今の流れには疑問があるんだけど、
これって事件当初と現在で意味合いが変わってるからだと思うんだよね。
事件当初の自己責任論ってのは、「このまま自衛隊を撤退させずに
3人が殺されたら政府の責任だ」とでもいうような家族の言動に
対する反論として出てきた。
要するに、「自ら危険な地域に無防備な形で入った本人の責任を
棚に上げて、責任を政府にだけなすりつけることはできないだろ?」
っていうことだと思う。
この時点での自己責任論にはオレも賛同する。
でも、これは人質が殺されるかもしれないという前提の下での、
家族の言動に向けられた自己責任論なんだよね。
ところが、人質が解放された後もその「家族の言動に対する」
自己責任論が、3人が公式に会見を開いて意見を表明したわけでも
ないのに、なぜか一人歩きしてる。
しかも、「危険な所に好んで行ってさらわれたんだから、自業自得だろ」
というような感じに意味合いを変化させて。
ここに疑問を感じるんだよね。
もし3人が会見を開いて、「誘拐されたのは自衛隊がイラクに
いるからだ。私たちは何も悪くない。政府のせいで酷い目にあった」
とか言ったりすれば、もちろん「自己責任はどうした?」っていう
話になると思う。
でも、今言われてるのは「勝手に危険な場所に行って迷惑かけやがって。
今度同じコトがあったら勝手に死ねよ。もしくはかかった金額弁償な」
とでもいうような、本来の自己責任とはかけ離れた一種感情論的な話に
なってる。
誰が煽ったのかは知らんが、違和感を感じずにはおられん。
思うに、自己責任っていうのは結局のところ
「もし何かあった場合、政府は救出に全力を挙げるけど、テロリストの
要求を飲むことだけはできないので、危険な地域へ赴く場合はその点を
覚悟しといてね」
っていうことに他ならないと思うんだよね。
その点は当然今回の被害者やその家族含め、ジャーナリストやボランティアも
自覚しておくべきだと思うけど、なんだかおかしな方向に行っちゃってるよなぁ
と思った。
それと、一連の政府の動きについては、結果オーライ的なところは
あるにせよ、オレは一定の評価をしてる。
国民が選んだ政府の決定(政策)、今回の場合で言えば自衛隊イラク
派遣が、テロリストの脅迫を受ける形で覆されるようなことがあれば、
それこそ民主主義を殺すことだから。
スペインのようにテロを受けて民意が動き、政権交代→政策変更という
流れであれば別だけどね。これは民主主義に則ったものだし。
他にもいろいろ思うところはあるけども、長くなりすぎたのでこの辺で。
-------------------------
-------------------------nyats
自己責任というのが、理論から感情に色合いを変えた。その通りだと思う。
俺は最初から理論と感情が並立して自己責任という言葉を支えていた
ような気がする。それが感情的な要素が濃くなるきっかけになったのは、被害者家族の感情的な発言じゃないかな。
自己責任という理屈はあまりにも自明なことだ。しかし、被害者家族の
発言はそれを無視しているようなところがあった。
「自衛隊、撤退してくれ。」
少なくともその原因として人質ということは、国策として、ありえない。しかし、家族の意見としてはそれで当然だ。道理とか理屈は間違っていたとして、なおやはり感情的にならざるを得ない。それが家族、肉親の愛情というものの性質の一つだから。
だからこの発言には愛情しか存在しない。それ以上でも以下の発言でもない。それさえ理解すれば済むことであるのに、同じように感情的になって、道理や理屈、人格まで突っ込むのは大人気ない気がしてならない。
我々は少なくとも家族より平静な心理状況にあるのだから、それくらいの余裕でこの発言を受け止めてやれるはず。それが同じレベルで感情的になっている。情けないし馬鹿みたいだなあと思う。
政府の対応については、スペインの話が出てきたところで、俺も完璧に同感だ。ただ、その政府を選ぶ国民が理論よりも感情に則られやすいという点ではかなり恐怖を感じる。俺の違和感はそこにある。
-------------------------
-------------------------G氏
感情論的な要素が濃くなった要因が家族の発言にあったっていうのは同意。ただ、その家族の発言に愛情しか存在しなかったか、というのにはちと疑問があるんだよね。家族というか、その周囲かな?
そこらあたりも含めてまたメールするよ。
あと、今回の騒ぎにおける最大の当事者であるはずの3人がほとんど置き去りにされたまま、議論だけが過熱してるのもなんか妙な話だよなぁと思う。
いったん火がつくとなかなか収まらないってことなんかな。
-------------------------
-------------------------G氏
最初の事件と2番目の事件の取り扱いには一線を画すべきっていうのは、そのとおりだと思った。
ただ、今回の2人も含めて、今の日本に不偏不党の真っ当なジャーナリストってどれほどいるんだろうか、という疑問もある。自称ジャーナリストなら掃いて捨てるほどいるんだろうけどね。
そういう意味で、個々のジャーナリストの行動に対する批判については、オレはむしろ奨励したいくらいだったりする。もちろん、ジャーナリズム自体に対して批判するのは的外れだし自分の首を絞めるようなもんだとは思うけども。
家族の発言については、正直判断が難しい。
というのも、「自衛隊を撤退させてくれ」という発言が肉親ゆえの愛情から出たものにせよ、その発言やそれに付随したもろもろが、一般市民という枠を越えるくらいに政治的すぎたんじゃないかと思うから。
事件発覚後すぐに北海道だかの事務所を押さえ、各政党の党首との会談をセッティングし、首相との面会を要求し、外部では家族の発言に呼応する形でデモやら署名活動やらが展開され。
それらの行動が家族自身によって起こされたのか、あるいは周囲の協力者とやらによるものなのかはわからんけど、明らかにごく普通の一般市民のレベルを超えた力を以って、政府の方針や決定に圧力をかけようとしていた。
まあ、彼らにはそれまでの活動で得たネットワークやら人脈やらがあって、肉親を救うためにその持てる力を発揮しようとしたということなんだろうけど、事件の性質や主張の内容を総合的に判断すると、そういったやり方は今回の場合行き過ぎたものだったんじゃないかと思うんだよね。
家族に対して感情的な批判が増幅したのも、このあたりに要因があるんじゃなかろうか。
まあ結局のところ、オレの場合当事者の視点に立つか第三者的な視点に立つかで被害者家族の言動に対する評価が異なってくるから、一概にどうこうと判断するのが難しいのかもしれん。
>ただ、その政府を選ぶ国民が理論よりも感情に則られやすい
これって、民主主義についての教育ってのがなさすぎるのが一番の問題なんだと思う。
どんな政治体制でも、権力を握る者にはそれなりの素養とかノウハウがないと、その権力を上手く行使することはできない。それなのに、民主主義において最終的な権威である国民が自分の持つ権力の性質や上手な行使の仕方についてほとんど教育されてない。
こういう状況で選挙権だけポンと与えられて行使せよなんて言われたところで、有権者の中で感情優先の傾向が強まるのは当然の流れな気がする。
-------------------------
-------------------------Nyats
あくまで俺はジャーナリズムと民主主義、ひいてはジャーナリズムそのものについて明らかにしておきたかっただけなので、当然それに従事する全ての人間と仕事を一緒くたにして認めているわけじゃあ無いですよ。
それでも真っ当なジャーナリストは結構居ると思う。黒田清とか、名前は忘れたが自身も感染してしまった薬害問題を追って死んだ人とか。立花隆のように名前が表立つ方が例外的なのかもしれない。著作がベストセラーにでもなんなきゃ、なかなか分からないな。それに誰にでも名乗ろうと思えば名乗れる職業ではあるし。
>一般市民という枠を越えるくらいに政治的すぎた
なるほど、そういった理由で批判が出るのは良く分かる。
俺の前のメールだが、
>>だからこの発言には愛情しか存在しない。
この書き方は良くないな。もっと正確に自分の意見を書くと、愛情しか存在しない、というだけのことしか受け取れない。というところだ。それ以外の要素が多々あって、それで反感を持ってしまうというのも分かるよ。俺も、反感とまではいかないが、あきれたという部分もある。
ただし、同じようにヒステリックに対応するのはもの凄く幼稚だなあ、と思う次第。
>これって、民主主義についての教育ってのがなさすぎる
与えられた体制と、自ら築いてきた体制の違いだなあと痛感する。
話は逸れるが、国歌・国旗についてもその辺りの民主主義に対する教育の不足というものも関連してくるのかもなあ。アメリカなんかは国家=民主主義というものが明確であるから、国旗にはっきりと忠誠を誓うことが可能なんだろうなあ。
-------------------------
-------------------------G氏
うん。ジャーナリズムが民主主義にとっての生命線であって、ジャーナリズムの存在自体を否定するような的外れな非難は己の首を絞めるに等しいっていうのはオレも全く同意。その上で、視点を変えてジャーナリズムに関わる側について書いてみた。
というのも、前述のような非難と同じくらいに、ジャーナリズムを免罪符のようにする自称ジャーナリストってのもまた、ジャーナリズムを害するもんだと思うから。だから、その辺りは厳しい目で見ていく必要があるだろうなって。
>真っ当なジャーナリスト
これはオレの主観的な印象にすぎないんだけど、日本の(自称)ジャーナリスト達って、特定の思想や信条に結びつきがちなんじゃないかって思う。お前も書いてるけど、ジャーナリストってのはただただ事実を伝え真実を究明しようとしてこそジャーナリストなんだよね。
でも、そこに思想・信条が絡むと、どうしたって客観的な事実というのは多かれ少なかれ歪められてしまう。
今回の2人についても、彼らが真にジャーナリストといえる存在なのか、どういったバックグラウンドがあるのかはオレには分からん。なので、彼らが再びイラクに行くのは構わんが、それは2人がジャーナリストだからというより、ジャーナリズム自体に対する保障的なものとして、そう考えるにすぎない。
という感じ。
>ただし、同じようにヒステリックに対応するのはもの凄く幼稚
>だなあ、と思う次第。
そうやね。
これは、家族に対し感情的な批判をぶつけた側もそうだし、デモやらを起こした人間や与野党の政治家達にも(まあ、彼らには多分に恣意的な部分があるんだろうけど)あてはまる点があると思うわ。
>国旗にはっきりと忠誠を誓うことが可能なんだろうなあ。
日本だと「国家に対する忠誠」というと戦前の印象が呼び起こされがちなんだよな。これは天皇主権から国民主権に移行する時の曖昧さが原因なんだと思うけど。
で、それゆえに、日本が民主国家だという確固とした自負みたいなものも持てないってことなんかな。その点でも、やはり民主主義についての教育ってのは必要不可欠だろうね。
-------------------------
-------------------------Nyats
>ジャーナリズムを害するもんだと思うから。
それはそうだね。理念とそれに基づく行動の乖離ってのはどの世界にもあることだし。
>日本の(自称)ジャーナリスト達って、特定の思想や信条に
>結びつきがちなんじゃないかって思う。
うーん。これはまあ何とも言えないな。ただしまあ、アメリカのようにジャーナリズムに対する姿勢とか思考が全然未熟ということは言える。それはジャーナリストとして教育される段階でもそうだし、またメディアとしてのジャーナリズムの規定でもそう。
これは今回借りた、『日本ジャーナリズムの検証』という本でよく紹介されている。
で、そういった日本のジャーナリズムの未熟さがもたらす弊害は数多くあるとはいえる。お前が言うことも含まれるかもしれない。
様々な中立・客観的な報道を積み重ねていって、だから信頼にたるジャーナリズムであるという帰納的な言い方をするべきなのに、ジャーナリズムであるから中立・客観的なんですよ、という演繹的な言い方をする。似非ジャーナリズムはそういうケースが多いのかもしれない。つまり演繹法におけるジャーナリズムという前提条件を、自己弁護として持ち出す、または持ち出しているようにしか思えない内容であるケース。
>2人がジャーナリストだからというより、ジャーナリズム
>自体に対する保障的なものとして、そう考えるにすぎない。
これは確信をついた、良い言葉だと思う。まさに俺の言いたかったことを一言で纏めると、それだよ。
>その点でも、やはり民主主義についての教育ってのは
>必要不可欠だろうね。
穿った見方かもしれないんだが、なんか日本の行政側は恣意的にこういった教育を施していないような気がする。日本だって民主主義が誕生してまだ50年と少し。しかも、それが与えられたものなんだったら、余計にきちんと学んでいかなきゃならないのに。
資本主義のほうはわりと学んでるとは思うけどね。
-------------------------
-------------------------G氏
>演繹的な言い方
オレが日本のジャーナリズムをイマイチ信頼できない理由って
まさにこれ。
なんかジャーナリズム気取ってるけど、それって初めに結論ありき
なんじゃねーの?と感じることが結構ある。
>日本の行政側は恣意的にこういった教育を施していないような
これはあるかもなぁ
実際に権力を握る側としては、国民は馬鹿なほうがいいもんな。
あと、国と教師が対立関係にあるってのも、政治的要素を多分に
含むような教育を実施しにくい要因になってんじゃないかと思う。
-------------------------
-------------------------最後に
信頼に足るジャーナリスト・ジャーナリズムとは何か。それらに欠かせないものとして、報道の自己検証、追跡報道という二つの大きな要素がある。これは本文中で小生の発言に登場した書籍、『日本ジャーナリズムの検証』に紹介されている。
皇太子のご成婚に関する報道などで生じた日本の報道機関の特色(または弊害)がよく紹介されているので、興味があれば読んでみることをお勧めする。
さて、自己責任という言葉について、自民党の政治家は、これは私たちが言っているというよりも、むしろ国民から自然発生的に生じた意見ですよといった山本という議員がいる。
これに違和感を感じるのは、自己弁護あるいは責任転嫁に過ぎないと思うわけで、さらに、それが事実であったとしても、では国民の意見が正しくないという場合に政治家はそれに黙って追従するだけなのか。
政治とはそういうものなのだろうかと疑問に思う。仮に支持者であれ国民であれ、間違ったことを言っていたとしたら、「それは違うんですよ」ときちんと意見を言い、理解して貰うこと、それが政治の一つの大事な要素だと思うのである。
アンビバレント
2004/05/28
アンパンマンのバイキンマンは特別な意図があって誕生したものではないが、友人が、悪である存在が同時に必要不可欠な菌であるという設定はスゴイよと言っていた。
と作者のやなせたかしがテレビで言っていた。
『Matrix』のネオとスミス、とか『アンブレイカブル』を思い出した。
しかしたしかに、人間の体内にも良い菌と悪い菌が居て、それでバランスを取っている。勧善懲悪のドラマも悪が居なけりゃ成り立たない。
善だけじゃ人は生きられない...なんかそんな分かった風な達観した気持ちになった。
Au gout du jour
2004/05/26
金沢より出てきたsugi君と飯を食いに行く約束をした。
約束の時間まで家電量販店にLetsNoteのR2があるか見に行った。あった。色々と見て、これにしようと思った。ドライブは外付けから選べばいい。解像度の物足りなさは、ALT+TABで乗り切ろう。
sugi君は実際には会ったことがない。しかし何年もこの愚頁を見続けているという奇特な御仁であり、その方が立派な営業成績で表彰されに東京に来るというので、じゃあ飯でも奢ろうかと思った。スーツで来るかと思っていたので、そういう姿の輩を入念に見ていたが、あらあこれはキツいなあと思わせる輩が------通り過ぎてホッとしている自分が居た。実際は、ジーンズに半袖シャツの好青年が来て安心した。
飯は市ヶ谷のフレンチレストラン、「Au gout du jour」で食べる。平日の昼間で、LO直前に行ったのに、予約で一杯だと言われた。その人気ぶりが伺える。しかし十分ほどで空くという事なので、日テレの近くをブラブラして一服して戻る。
前菜はアオリイカの冷製トマトソースがけ(粒トウモロコシが下に敷いてある)と、メインは黒ムツのソテーに空豆とアスパラガス。デザートはマンゴーのアイスとフルーツケーキ。ワインは白をお任せで持ってきて貰った。さすがに平日の昼ということで、漠然とした罪悪感が働き、1杯だけ...と、それじゃ寂しいので、もう1杯をハーフで貰う。
料理は美味しくて、なるほどさすがに人気なだけはあるなあ、と思った。味も、本格的なフレンチほどには濃くなくて、食べやすいし、素材の味をとても引き出していてわりと感動した。ローヌ、サンベランという白ワインも美味しかった。
残念なのは、店は禁煙ではないが、周りが食っているときに控えてくれるような気が利く客ではなかったことだ。俺も喫煙者だが、周りに食事中の人がいるときは吸わない。
あとはサービス料がかからない。でもサービスは悪くない。それが素晴らしいと思った。
俺が学生時代、ちょっと師事した先生にもこれは教えておく必要がある。その先生のサイト、sho's barはためになるので、諸賢らも見に行かれると宜しいだろう。ただし音楽が鳴る。それだけは正直どうかと思うが、まだ言えていない。
脳の作用
2004/05/26
こないだニュースを読んでいたら、
>「ギャンブルに後悔は大事 脳の機能が勝負に影響」
> ギャンブルに勝てないのは、脳の「後悔」を感じる場所
>がうまく機能していないため―フランスの国立科学研究
>センターなどの研究グループがこんな研究結果をまとめ、
>20日付の米科学誌サイエンスに発表した。
> 脳の額近くにあり、意思決定や物事への心配に関係する
>とみられる「眼窩(がんか)前頭皮質」という領域に注目。
>ここに障害がある人と健康な人に、実際に金をかけて
>ルーレットのようなゲームをしてもらって調べた結果、障害
>がある人は「後悔」を示す感情が極めて弱く、負けも大きな
>マイナスになったという。
(共同通信)[5月21日]
という記事があった。そのとき、小生の脳裏には「ああ、いや、負けても取り返せば良いんだよ」と言った人の顔が浮かんだ。確かあれは、もう賭け事やめなよ、と言った時の事だったように思う。
そのときは冗談だと思って、二人とも笑って過ごしたが、あれは本人も冗談だと思って言いながら、実は無意識に眼窩前頭皮質が作用していたかもしれない。
それから、確かこれも学者の研究発表だった記憶があるのだが、やはり脳の中に破滅に追い込まれているときに快楽を感じさせるような---負けるなら、とことんまで負けてやれという---機能というか、作用する働き(あるいは物質?)がある、という。
人の一生の幸不幸を性格が決める、あるいは深く関与しているとすれば、その性格というものはこういった脳の作用の所為かもしれず、そう考えるとあまりにも単純過ぎるような気がして何か寂しい気もする。
敬意とは
2004/05/25
人や人が作ったものに敬意を払えない人間は、同様に他の人間から敬意を払ってもらう事は絶対に出来ない。敬意とは何かを考えてみれば、これは当たり前の話である。
敬意とは要するに、対象に対して、その存在意義を認めるということである。またその存在を自分が大切に思っているという事を表明する態度である。
敬意をきちんと払うことの出来る人間は、他人の存在を大切に思える人間として、周囲もまた敬意を払う。なぜなら、そのような人には、自分の存在もきちんと認めて貰えると期待できるからである。
逆に、他人の存在を認めない人間の存在を、好意的に認めようなどという人間はいない。なぜなら、そのような人間をいくら認めたところで、当人から自分が認めて貰えることは全く期待できないからである。
だから敬意を払えない人間は敬意を払って貰えないのである。
自分の存在というものを認めて貰う事がいかに人間にとって大切かという事は、簡単に証明できる。我々は幼児のころですら、ある人間にプレッシャーをかける方法として、仲間外しを本能的に知っていてそれを行うからである。
敬意と、その本当の意味---これらの不足から生じるトラブルは公私に関係なく様々にあるものであるし、時に非常に深刻な問題となる。当人にとって死に値するような精神的な衝撃すらもたらす事もある。
この敬意という言葉の本当の意味を知っておくということはだからとても大切な事である。死にかけている老人は別として、とくに若い人間はこの事をよく考えてみるべきである。
著作権法について
2004/05/24
以前、音楽のコピーの問題から思った事を「パトロン精神の喪失」として書いた。
さていま、「著作権法の一部を改正する法律案」というものが国会で審議されていて、すでに参議院は通過したという状況である。この法律がどんなモノかというのは、法律に詳しくないのできちんと説明できないが、要は権利保護基盤の強化ということである。ではどういった事態になるのかというと、
・輸入盤のCDが洋・邦問わず買えなくなる可能性がある
・著名表示に刑事罰が適用される
などはいま分かりやすい事態としてけっこう話題になっている(マスコミはほとんどこれを報じていないが)。ともかく、権利保護の原則が認められればその権利を行使する人間の勝手で、事態の方はイヤになるほど様々なものが出てくるだろう。
こういった事態に対して、小生の気持ちを120%で代弁していらっしゃるのが、中山信弘・東京大学大学院法学政治学研究科教授
である。
> 言葉は悪いんですけれども、私は現在は知財の
>バブル状態にあると考えておりまして、一時のブーム
>に惑わされて、十分な検討なくして重要な制度の変更
>を致しますと、これは場合によっては後世、小泉内閣
>はとんでもないことをしてくれたという批判も受けかね
>ないと危惧しているわけでございます。
> 世の中というものは、知的財産だけででき上がって
>いるわけではないわけでありまして、すべての制度
>というものは有機的な関連しております。単に審査・
>審判、裁判の促進とか、あるいは知的財産権の侵害の
>し得を防止するという知的財産側だけの一方的な論理
>だけで突き進むと、とんでもない結果になる場合も
>多いと考えております。
知的財産戦略本部会議 第3回より
引用元:Prof_Nakayama_Anger

この引用元のサイトには、知的財産戦略本部が如何に腐敗し破綻しているかが(つまり、中山教授もそれに対して怒りを表明したわけであるが)よく報じられているから、ぜひ一度読むことをお勧めする。
この法律などに対して、反対の署名活動をしているサイトなどもあり小生も心情的にはこれに大賛成である。小生も微力ながらこの署名に協力したいと考えているが、如何せん26日までに官邸に送らねばならないので時間的に厳しいモノがある。
そもそも、こういった事を今の今まで知らなかったことが恥ずかしいし、また知らせないメディアに対しても何をやっとるのかという不満がある。そういう気持ちがあるので、今の反対署名には間に合わないかもしれないが、もしこの悪法が通過してしまったら、それを廃案にする場合には署名ぐらいは必ず行おうと思っている。
さて自分自身もCGIを作りそれを公開しているわけだが、そこでこの問題を我が事として考えて意見を述べるとすれば、謝意あるいは敬意、もしくはお金も払わなくて人の努力を踏みにじる馬鹿は許せんというところである。
小生は小生なりに、表示を小さく薄くして、また文字も「なんちてBLOG」から「このcgiについて」に改めたのである。それは、このサイトの自己主張ではなくて、こういうのを使いたいなあともし思った人がいたら、そのソースにアクセスできる手段が必ずあるべきだと考えたからである。
そういう気持ちを知ってか知らずか、消してみたり、消して動作しないから背景色に同化させたりする人間を見ると、正直、可哀想になる。
なぜならば、他人に謝意や敬意を払えない人間は同様にそれらを払って貰えないからである。これについては、また明日にでも書くところである。
映画 「Kill Bill」
2004/05/23
映画 『Kill Bill』をDVDにて観る。監督はQ.タランティーノ、主演はユマ・サーマン。
Q.タランティーノの映画を観ていつも思うのだが、とてもテンポが良い。ポン、ポン、ポンという感じで進み、同時に要所はキッチリと見せる。映画を数多く観て養われたセンスなのだろう。くわえて、どの曲をどういった風に使うかという音楽の選択も非常に良くて、映画の進行と抜群にマッチしている。これらの事は、アニメを担当した日本人スタッフも同じように賞賛していた。
本作でもその要素は遺憾なく発揮されていて、その意味では期待を裏切らない。
さてストーリーは復讐劇であるが、やはりその凄惨を極める暴力シーンが本作の最大の特徴である。監督自身が「too much violence」というように、大量の血しぶきと多数の体の破片がこれでもかと画面を占める。ポン、ポン、ポンと腕や足や首が斬られ落ちる。
俺自身は、暴力についてこういうことを前に書いたのだが、まさに、その思想と合致する映画であった。Kill Billでは止めどない鮮血の放出、飛び出る臓物、苦しむ人間が嫌になるほど描写される。
しかしそうやって思想を具体化する映像であるが、正直、途中で気持ちが悪くなった。想像力を働かせすぎて、まるで自分の腕が落ちたかのように錯覚(というのは大げさだが)してしまったからである。
そしてまた、そういう風に想像力に訴えかけるという点でも刀という武器が非常に有効に作用していて、よくアメリカのバイオレンス映画にあるような銃での殺し合いだったら、観ていても痛みを感じるということは無かったのである。(ただし、本作でもあまりにもポンポン身体が飛ぶので、最後の方には感覚が麻痺したことも事実である。)
このように、面白いという感想や評価がすぐに出るような作品ではなかったが、自分の思想を映像で突きつけられたという点で衝撃的であった。
余談だが、作品の中で主人公が使う刀の根本は彫金されている(あるいは彫金されたパーツが取り付けられている)のだが、あれは本来は主に鑑賞用途の刀にあるものだという話を昨年くらいに聞いていた。
刀というものは鍛錬を繰り返し、その中であの曲線が生まれる。それは力学的に非常に優れたものであって、そこに何らかの瑕疵があるとその部分から一気に緊張が壊れ、折れやすくなるというのである。
機能を極めた道具は美を持つというのが小生の考えであるが、刀はそういうモノだと思う。
本作では、千葉真一が出演していてずいぶん日本の武道について教えたらしい。だから、そういった刀のディティールも知っていただろうが、おそらく見栄えの格好良さで採用したように思う。というのも、Q.タランティーノという人は、本質を学んだ上で、あくまで見せる、楽しませるということに拘る人であるから。
まあグロテスクな暴力シーンが嫌いな奴には勧めない。
評価:★★★☆☆
Let's Note
2004/05/22
PanasonicのLet's Noteを購入して、最速でレビューしてやろうかと思っていた小生ではあるが、候補がR2かY2か明確に決まらぬまま、最後にスペックをもう一度だけ検討しようとサイトを見ていた。
すると、光学ドライブを内蔵しているタイプのY2は、なんとDVD+R/RWには対応していないことが判明した。すなわち、DVD+Rメディアの読み取りも出来ないという事である。
You're the shock.お前求め彷徨うこころ今熱く燃えているとはまさにこの事である。
小生のデスクトップに内蔵されているのはDVD+Rであって、MP3やらなんやらのデータはすべてDVD+Rに焼き付けられているというのに!小生は赤いTシャツとジージャンを破り捨ててPanasonicに問い合わせてみたが、あっさりと「対応予定はありません」とつれない返事が来た。
小生が今年、パソコンを使うすべての人に一押しするハードはDVDRであるが、目下のところ規格が3種類あって色々と迷う。されど、最近は、±Rドライブも手頃な価格で普及してきたし、また読み取りのドライブの方は、わりと両対応である事が多い。だから、わりと±でハムレット的煩悶を抱く事はない。
そこで、確かに優れた面もあるのだが、いかんせんベンダーが少ない(実質Panasonicだけ)ので正直、小馬鹿にしていたのがRAMという規格である。これは再生すらも通常のドライブでは出来ない。だから普及率という点では(少なくともパソコンのドライブでは)落ちる。
なのにPanasonicときたら、意地を張っちゃって、ドライブをRAMと-R対応にしてきやがった。こうなってくると、+Rを使っていた小生は勝手に馬鹿にされたような気になって、悪態の一つもつきたくなる。
現在、+Rはかなりその立場を優勢にしてきている。理由は二つ、ひとつは書込み速度が一番速くなっていることである。もう一つは、じきに2層ディスクのRが登場する、すなわち倍の容量を持つことになるのである。そんな+Rに読み取りを対応させないとは何事であるか。
Y2の、小生にとって最大のPRポイントはあの広々とした大画面と、約1.8kgの重量であるが、このドライブという点でかなり大きくポイントを下げてしまった。どのみち、書込みはCD-R(W)のみであるのだから、これはR3を購入して、別ドライブとして外付けRWを購入するという選択のほうが、ドライブという点からは理にかなっていると思う。
と、まあ、苦悶はなかなか晴れないため、周りの人間に色々とご意見を伺ったところ、男性は圧倒的にY2を支持、女性は「安いほうで」とR3を支持しこれまたはっきりと分かれてしまった。
もうじきにタイムリミットが来るので、それまでには決めて、購入したらどんなもんかご報告してみたいと思うが、いづれにしても、まったく、Panasonicは商売人に徹し切れてない、とすら思う。もし身近に松下さんという人がいたら、代わりに殴って鬱憤を晴らしたいと思うので、ぜひ紹介してください。
さて余談だが、+Rには、ROM化というワザがあって、これは+Rのメディアに、「これは普通のDVD-ROMですよ」という情報を書き込むものである。これをやれば、通常のDVDディスクとして認識されるので、読み取る確率もグンと上がるというワザである。
ついでに蛇足だが、そのPanasonicの返信メールの文末には、「メールに記載された内容の転載や二次利用はご遠慮ください。」という但し書きが入っている。これはたぶん、昨今のインターネットコミュニティにおける何らかの予防策であると思われるが、何の意味もないと小生は思う。むしろ、責任逃れな感じがして、いまニュースを騒がす三菱なんかの企業体質、倫理のことを思わせてしまう。
小生は、まっとうな企業であれば消費者からの問い合わせには、常に堂々として欲しいと思う。万が一、仮にその答えの言葉に誤りがあったとしても、真剣に謝罪をすればいいわけで、そっちのほうがむしろ誇りやら真摯な態度というものがずっと感じられてとても良いように思う。
人間の行動には絶対的に常に正しいなんて事はない。だからその過ちのときにどう振る舞うか、そこが重要である。
近頃のサムライ論に乗っかるわけではないが、一つ言いたい。
堂々としろ、と。
仕事について
2004/05/21
カテゴリとして、A,B,C,Dとあって、Aは2件、Bも2件、Cは3件、Dは1件の合計8件という仕事の状況である。カテゴリのウェイトとしては、A>B>C≧Dである。自分では、マジカルセブンなんていう言葉もあるくらいだから、7件以上でしんどいのかもしれんなあとは思ったけれど、でも忙殺されていない、というかむしろちょうど良いくらいである。
これは仕事の質にもよるのだろう。もし医者とか弁護士とかいうハードコアな仕事なら、たぶん今頃俺は仕事を投げ出して網走で流氷を見て凍死してたりする可能性がずいぶんと高いように思う。
ただしやっぱりDVDを見たりする時間は減ってきていて、「ラストサムライ」やら「キル・ビル」やらは見ておこうとは思いつつ、レンタル制度の改悪という事態も絡んで近頃はさっぱり見ていない。
そういった時間も、仕事を充実させるためにはきっと必要な時間であるから、ケアしていきたい部分である。
ところで、意外に忙殺されていない理由を質以外に考えてみると、これは仕事が楽になった所為ではないかと思う。どのように楽になったかというと、少しずつでも、ある程度の期間、結果を出していけば必然的に自分の発言や行動を周りが容認していってくれる。そういう点で、楽になったと思うのである。
さて今週がはじまった
。
別に月曜日で構わないジャン、という意見も頂いたが、常識を疑って、思考法を変える事で生活を楽な方に変えるってことがあるんじゃないかということだよ。月曜日の話はさ。Think Differentだよ。と返信をしておいた。
ATOK17
2004/05/20
MS-IMEにぶち切れて、ATOK17を導入した。とりあえず、数パターン→吸うパターンというような人をむやみに怒らせるような変換は無くなり、また、お金を支払って導入したということも手伝って、いちおうの満足感は得ている。
その基本的な変換のフィーリングが合っていることを別として、便利だと感じた点は二つあって、一つはTABキーを使用する事により、前回変換した内容の候補をそのまま入力できる点である。たとえば、「お世話になりました。」を入力すると、「おせわになり」の時点で、お世話になりましたという文章が黄色背景の小さい枠で表示されて、そこでTabを押すと、変換候補が出てきて確定できる。候補を出すまでもなく、その文で良ければ、Tabを押さなくても、Shift+Enterですぐ確定できる。
なおこの機能の出現頻度もプロパティで設定できるので、あまりに表示されていて鬱陶しい人は頻度:低にすれば良いだろう。小生は中にしておる。
これはいま携帯なんかにも、候補ボタンとして装備されている機能であるが、キーを押す手間がないので、けっこう便利である。また、この機能を活用しようと思ったら、たぶん、変換は最小限で(文節、または単語で)行うようにすれば、候補を出して、助詞を入力すればよいので便利だろう。
ただ同時に、長く文章を打って変換した方が変換精度も上がるので、どっちを取るかは使用者次第といった感じがある。なお、小生の場合は長めに文章を打つタイプであるが、しかし、決まり文句などがTabでさくっと打てて便利である。この機能をMS-IMEで求めるなら、辞書に登録する作業が必要になってくる。それはちょっと面倒くさい。
次に便利なのは、辞書変換機能。たとえば、「どらふと」と入力してF4キーを押すと、draftと英語のスペルが出てくる。これはまた、間違いのない英単語を入力できる大変便利な機能である。同様に、人名や、PC用語での変換も可能である。
逆に、MS-IMEではhttp://と入力した時点で、半角になるのだが、ATOK17ではそうはいかない。Shiftキーを押して、英文字入力モードにする必要があるので、かならずHttp://ということになる。別にHが大文字でも問題はないのだが、どちらかというと厳密な方が余計なトラブルを生じさせずに済むだろう。まあF10キーを押して、英文字変換すれば特に問題はない。
ちなみに、ATOKではHTTP://でブラウザを開いたりする機能がある。が小生にとってはそんなトリガー、一切不要である。
まあこういった機能を多用すればするほど、小生の脳は不活発になり、便利さとのトレードオフでただでさえ間抜けな顔がもっと間抜けになるという恐怖はあるような気がしなくもないが、便利といえば便利である。機能OFFも設定できるので、その辺もまた好みである。
ついでに、「気がしなくもない」と入力して変換すると、否定の連続と表示されたりする。俺の表現になんか文句があるとかキサン。と九州弁にて言いたくなる。どうせなら否定の連続=強意の肯定とか出てくれた方がそんなけなされた気がしないのに、そういう心配りが出来ないとはまだまだ精進の余地がある。
ビジネスにおける会話でも、否定語を使わない否定というものは大変重要な要素である。
さて最後に、ATOK17のアイコンがタスクトレイに表示されるわけであるが、このアイコンがどうしようもないほど臭い。せっかくパッケージはなんか水色の流体のような雰囲気でかっこいいのに、こんな戦時中のモンペの柄のようなアイコンは無いだろう。
無料のMS-IMEに有料のATOKが勝てる路は決して楽ではない。そういう細やかなところまでケアしていかないと、勝機もその分減って行くであろう。近頃の商品のカスタマイズブームが証明するように、ユーザーの満足感とか快楽は細部に宿るのである。
結論としては、6000円以上支払って買うほどのものでもないが、3000円くらいなら買った方が便利である。といえる。あとMacのほうではどうなのかよく分からないので割愛いたします。
世事雑感
2004/05/19
UFJが赤字決算の見通しとなり、株価なども含めた経済への影響が懸念されている。
しかしながら、小生はUFJを応援する。なぜか。一利用者としてこの銀行のサービスにおける挑戦を高く評価しているからである。24時間ATMや、預金残高に応じた時間外手数料、オンラインバンキング無料化など。それらにかかるコストは無視できないものであり、したがって他のメガバンクはそのようなサービスを---すくなくともこれら三つを合わせたサービスを行っている銀行はない。
銀行業務において、個人の預金というのはもちろん金額にもよるが、決して楽で収益のあがる事業ではない。しかしながら、当然利用者の数は一番であるから、通常の預金者にはもっとも重要な評価の対象である。そこを本気で充実させるところに、UFJのやる気を感じる。
また、AUとNTT Docomoなどのように、資本主義社会においては、適度な企業の競争というものが消費者の利益につながるのである。従って、そのようにやる気のある企業に対して積極的にこれを支援する事はたとえ心情的なものであっても結局は消費者のためになるのである。
しばし言われるように日本人はブランド(安定)指向があるのだろう、なかなかこの競争という点にまで考えを及ぼしている人を見かけないが、これからはそれではイカンのではないかと思う。少なくとも、小生がADSLというもののインフラによる生活や思考の充実という恩恵を感じているという経験・実例があってみれば。
したがって、小生はまったく乏しいながらも、預金はすべてUFJに移した。小生なんぞはどうあがいても預金額が一千万円を超えるという事は当分先、いやひょっとして生涯あり得ないことだろうから、安心して自分の思想を行動に移せるのである。
まあそんな端金で偉そうな顔をしても仕方がないが、ひとつ自分がスポンサードしているような心持ちで、UFJに声援を送りたいと思う次第である。
浅はかな断定
2004/05/17
先日書いたとおり、久しぶりに朝まで飲んだ。そしてその日、同時にはじめてゲイと飲んだ。
途中で知り合いの店に寄ったとき、カウンターに一人男が座っていて、そいつがゲイだった。ゲイに関しては昔このようなことを書いていて
、俺には無関係だが、なにか高尚でスピリチュアルな世界だと想像していた。
残念ながら、その日に知り合った人は「NさんはA型でしょ?」と尋ねてくるような人で、それはその通りだが、それでなんか訳の分からない優越感に浸っているような顔を見て、だから何なんだよ馬鹿と、飲んでいたウォッカの瓶で頭をカチ割ってやろうかと思った。
Nさんはいやらしいだろうなあ、そういう顔だものなあ。と続けてそういう言葉を聞いたとき、とりあえずウォッカを飲み干して準備した。
まあゲイと一口に言ってもそりゃ性格も様々であるだろうから、あくまでそいつへの悪口に留めておくつもりだが、いったい、人の事を断定的に判断して優越感に浸るやつは虫が好かん。長い付き合いで、俺のためにという前提があればまた話は別だが、そんな浅はかな断定がこれっぽちも俺の役に立つはずがない。
しかも血液型ときたら初潮も迎えていない女子の分析手段である、それで俺のことを分かった風な顔をするとは無礼千万も極まりなく、ゲイの風上にも置けない輩である。江戸時代だったら間違いなく一太刀食らっていただろう。
そうして、しかし、一人のゲイの脳漿が飛び散らずに済んだのは、ひとえにモーリス・ペジャールや、フレディ・マーキュリーのお陰である。
そういう舞台や音楽といった芸術でもいいし、経済でも哲学でも何かふうんと頷ける話を期待した分だけ、怒りも増幅されてしまった。
帰りしな、今から新宿二丁目に呼ばれちゃってさあ、行きたくないんだけどと嬉しそうな顔をしていたのをみて、とっとと行っちまえよ馬鹿野郎と思った。
ゲイって何かの特権じゃねえよ。
週の始まり
2004/05/17
その始まりにおいて、「よっしゃあ今週も頑張るぜ。」と思う人もいれば、「また一週間が始まるのかァ、週末まで遠いなあ」とか思う人もいるだろうが、一週間の始まりは誰もが月曜日だと思い疑っていない。
だがもしかすると金曜日か土曜日かもしれない。そういう風に考えたら、どうなるだろう。
五日(あるいは六日)働いて、ぐったりして休みを迎えるのと、一日(あるいは二日)働いて、まだ全然疲れていない状況で休みを迎えるのと、どっちが良い休みになるだろう。たぶん、後者である。そうすると、良い休みを取る事で、休み明けのテンションもより良くなるだろう。
という感じで、なにか良い予感がするので、やってみたいと思う。
気持ちと態度
2004/05/16
普段は生活のリズムというものに気を配っているが、今日は久しぶりに朝まで飲んだ。酒の量もかなり進んだ。
先日書いたように
、外国に長く旅行する友人の送り出しの際に喧嘩をしてしまったのだが、その喧嘩相手と今日久しぶりに顔を合わせた。
正直なところ、俺はいまでも自分が全面的に悪いとは思っていないが、しかしではその人と絶交するという考えはこれっぽっちも頭に無い---人間同士の争いは絶対的にどちらかが、何かが正しいということは滅多になくて、だいたいはどっちも悪い。だから両成敗されるものである。
したがって、会った瞬間に、きちんと「ウィス、久しぶりです。」と大きく挨拶はしておいた。あとは相手の出方次第ということである。幸いにもその人も済んだことでいつまでもネチネチと人を恨むタイプではなかったので、まあ、最初は多少ぎこちなかったけれど、3時間ほどともに球撞きをするうちに元の関係か、あるいはその障害を振り払ったという意味でそれ以上の関係にあっさりと修復された。
もちろん、相手の性格もあるだろうが、まず自分がその関係修復への意欲を見せなければ、それは決してあり得ないことである。だから、相手のあっさりとした性格に感謝しつつ、その意欲を態度として表すことの重要性を当たり前ながら痛感した次第である。
さて、撞球は3人でやっていて、それを終えた後、鮨屋で飯を食う。その席で面白かったのは、その喧嘩相手がたぶん、最後の心残りの分をはき出したのだろう、冗談めかして、あの時のことを喋り、もう一人の人にどう思うかと尋ねた。
まあその尋ねられた人もまたちょっと変わっていて面白い人ではあるが、その人がこう言った。「まあまあ、その状況とかはよく分かんないんだけど、そうやってN(俺)が怒れるってところがまた女からしたらたまらん部分なんだよ。」と。
んなことを言われるほど俺はもてねえですよ。とは言ったがなるほどその人がそういうことを言うのはなんだか(自分の事ではないとして)あり得るというか理解できるな。と思って吹き出した。
あとの話は、ビリヤードや中国や娘とか結婚とかいうとりとめのない話であって、面白かったが、やっぱりその話が印象に残っている。
さて、他の人がこれらの話をどう思うかというのは知りたい気もするが、以上この話は面白かったというだけで落ちは無い。
ATOK17を買った。どういった感じか、次に書きたいと思う。
自己客観視
2004/05/14
会議や講義を録音できるレコーダーを先日買った。それも、パソコンにファイルとして保存できるICレコーダーなるものである。OLYMPUSの、ボイストレック DM-30である。![]()
レビューを書くというほど活用しているわけではないが、付属のステレオマイクで思ったより鮮明に取れる。また、ちょっとしたメモリプレイヤーとしても使えるので、意外と使う状況は多そうである。
また、俺はレム睡眠のときに爆発的な想像力を生じる脳を持っているので、これで目覚めた瞬間にボイストレックに吹き込めば、まさに異次元の思考のTNT火薬で日常で爆破できる、かもしんない。
と、このような内容を、今回は小生のオリジナルボイスで記録し、アップロードしようかと思ったが、意外と自分の声がショボいんで、やめた。俺は天性のボソボソボイスであるのだ。
仕事の時はだから逆にハキハキと喋るようにしているので、むしろ良い印象をもたれるが、プライベートだと、脱力しているからもう口のなかでモゴモゴボッソリである。
過去には、喋ったことを五回も聞き返されて、さすが日頃温厚篤実なる小生も、血管が増大してブチー切れた。自転車に二人乗りしていたという特殊な状況なれど、五回はありえない。
もとい、自分の声のように、自分が一番分かっていそうでいないという、逆説的なことはけっこうあるような気がする。
自分を客観的に見ることは、大変ではあるが、そういう意識を持つか持たないかでもまた行動や振る舞いに違いが出てこよう。
そのあたり、気をつけていきたい。
ちなみに、録音した声が今度結婚する弟とそっくりで爆笑した。所詮、彼もモゴモゴボイスということである。血は争えない。
(検索キー:PC用品レビュー DM-30)
資本友情主義
2004/05/13
もし、小生が諸兄らの友人であったなら、「おいちょっと俺のホームページのAdsense、クリックしてくれよ。」と気軽に求めるだろう。そして、きっと諸兄らも、「おう良いぜ別に、1クリックぐらいだしな。」と心安く応じてくれるだろう。
俺がADSENSEのクリック率1/192とかを見て悲しくなるのは別に30セントしか加算されていないことではなくて、しょせんは諸兄らにこんな知らねー奴のホームページの維持費とか知ったことじゃねえしなあ。と思われているであろう価値のちっぽけさ故である。
まあいいや。なんとか$100溜まって、もしも小切手が来たのなら、そのお金をイラストレーターの友人に投資して、素材画像を提供させよう。そうすれば、携帯の待ち受け画面が欲しい人、ホームページを持っている人、年賀状などで葉書を作る人に使ってもらえてこれ宜しいに違いない。
友達だったら、お金を払う必要は無いじゃん、とも言われそうだが、俺はそうは思わない。その仕事を尊敬しているし、その価値を認めているので、むしろ俺の気持ち的にタダは許せないのである。決して多額のものを払う力は無いのであるが、気持ちとして受け取って欲しいものである。というわけで、諸賢らは一円も払う必要は無いから、黙ってクリックしとけば宜しいものと思われる。
ひとつ宜しくおねがいします。
もれなく、木村拓也の「今日のアンタ、開いてるね」の言葉を進呈します。
Panasonic Let's note R3
2004/05/13
仕事用に、PanasonicのLet's note R3、またはY2を買おうと思っている。R3は9時間、Y2は7時間という長時間駆動がまず魅力的である。

R3のほうは光学ドライブが無い。そして画面が1024*768ドットである。Y2のほうは駆動時間は劣るが、DVD、CDRWがついており、画面サイズが1400*1050ドットで、かなりでかい。
光学ドライブの方は、まあデスクトップPCからネットワーク経由で利用すればいいので、さほどデメリットではないが、画面の大きさは作業効率に影響してくるので、悩みどころである。
価格の差は、およそ5万2千円。悩む。
ダイアナ・クラールのCD感想
2004/05/12
ダイアナ・クラールという女性のジャズシンガーが居て、映画『トゥルークライム』のサントラで知った。
久しくCDを購入していない小生であるが、なかなかムーディーであると思い、彼女のCDを購入した。たぶん、記憶が確かなら、2年近く前にベトナムとカンボジアに旅行に行った際、ベトナムの市場のCDショップで買って以来である。ちなみに、そのCDはLAM TRUONGという男性の、『CHO BAN CHO TOI』と、Pho hoaという女性の『Cam Ly』というもので、店員の女性さんに何が人気があるのかと尋ねて、言われるがままに買ったCDである。たしか、2回くらい聞いた。二人とも歌がうまい。

さて、ダイアナのほうは、思ったよりさらにシッポリとムーディーであった。これはキャンドルが照らす晩餐に相応しい。
それから、彼女はピアノも巧くて、最後のボーナストラックのインストゥルメンタルはボーカルが無いが、正直これが一番気に入ったというくらいグルービーなものである。
夜景とドライブとか、フランス料理とワインとかでアレをコレしようとか思っている情けない御仁にはオススメである。
引き続き 生き方とか
2004/05/12
例えば、引き篭もりだとかその他、人の人生は色々あって、それに対する評価もまた肯定的なものばかりではないだろうが、はっきり言って、そういう批判はクソ鬱陶しい。引き篭もりだって、養ってくれる人間が居なくなれば、自分で何とかするしかねえだろう。
人様の生き方云々ではなくて、まず自分の生き方がどうありたくて、それから周りとどう調和していけるのか、それが全てである。
ちなみに、俺が批判や批評をするときというのは、まず自分の考え方を表現するためにそれを使うだけであって、そこにただ憎たらしいとかムカツクとかいう小学生のようなヒステリーは皆無でありたいと思うのである。
生き方とか
2004/05/11
昔の江戸っ子じゃないが、昨日の夜、初めて宵越しの金を持たない状況になった。とはいっても、もともと貧乏だから、もちろん何十万円もぱっと使ったわけではないくて、2万円にも満たない金しかなかった。
1年ぶりほどに会った友人も居て、まあ久しぶりだしお前も飲めよ、的な心境で、ある金を全部使っていた。
そして最高に楽しんだ。
いま、俺は法人化に向けて、なんとかお金を溜めようとしているのだが、さてある程度溜まると、それで何がしたいのか、という自己撞着に陥ってしまったのである。もちろん、大前提は法人化だが、それは国民金融公庫などにも多少は融資を受けられるだろうし、第一、いまは確認法人の制度があるから、五年の猶予があるのだ。
俺は物欲とか無い方だから、例えば、車とかマンションとか、そういったものを欲しいとはこれっぽちも思わない。また、そういうものの為に必死になりすぎている人間にはなりたいと思わない。
結局のところ、根本は人生観とかいうまじめ腐った話になるのかもしれない。その点で言えば、俺は自分の人生を、死ぬ間際に「あー結構面白かったなあ」とさえ呟ければそれが一番であり、また、他人に、「あんたが居て結構面白かったよ」といってもらえたら、最高にラッキーな具合なのである。
そして、そういった真に楽しい瞬間というのは、他人や物から与えられるものではなくて、自分で作っていくものだと思っている。なぜなら、そのほうがより満足感がありそうだから。そこで、そのために必要なお金だとしたら、それは出ていく価値のあるお金---少なくとも、それを得るために俺が作った価値よりも意味のあるもの---であると、信じている。
そして、万が一そうやって過ごす過程で、矮小でも構わん、自分なりの思想とか思考法とかが出来ていたら、それこそもう大往生モンである。
でも別に、寝るヒマが惜しいとか、何が何でもアクティブに生きるというのはむしろ地球に害悪を及ぼすタイプの人間だと皮肉に思っているから、賛同はしない。では要約すればただの自己中心的な生き方だともいえるだろうが、それはそれでいい。
自己中心的であっても、他人がそれをまあ認めてくれるくらいの生き方であれば。
IME
2004/05/10
Windowsに標準で装備されている日本語入力(IME)はMicrosoftIMEだが、最近その変換精度の馬鹿さにはほとほと呆れていて、日頃温厚篤実で川越街道沿いに知れ渡る小生の堪忍袋の緒も切れかけている。
すうぱたーん → 吸うパターンで変換された瞬間にキーボードをブッ叩いて、スキャナのふたを2回開け閉めして、マウスを裏返して叫んだ。さぞかしMsIMEを作っている連中の脳みそは腐っているのだろう。俺はIMEを買い換える決意を固めた。昔使っていたATOKのほうが100倍もマシである。
買い換えたら、また報告したいと思う。
さて一日の仕事の始まりはメールチェックから始まる。本日、仕事用のアカウントをチェックすると、50万アドレスの入ったCD-ROMを買わないかい?というネットの諸悪の根源みたいなメールがアメリカから来ている。
こいつがホウと思わせたのは、なぜか冒頭に Dear Nyats、と俺の名前が入っている。そして、広告の文面がつらつらと記入された後、ご丁寧に、
> I'm interested in your mailing lists that are for sale,
> please send me more info.
というさも俺が書いたかのような一文を付け加えているのである。SPAM業者も涙ぐましい知恵を絞るなとおもって微笑を浮かべながら、そっとDELキーを押し下げして、ハードディスク上から永久削除した。
おそらく、俺のアドレスを知っている誰かのPCがウィルスに感染して、そこから俺のFromの情報がだだ漏れし、こういったメールが届くようになった塩梅だと思われる。
最近のウィルスは、自分がいくらガードしても、自分の情報を伝えている相手を使うので、アドレスくらいは簡単に流出してしまう。いまは、月に一度か二度しかこないので実害は無いに等しいが、あんまり増えるとたいそう厄介である。
ところで本日、GOOGLEから提供されるバナーが変わっていた。もちろん、小生が先頭を切って張り切ってクリックするわけであるが、この広告主に、ぱーそなるたのめーるという通販サイトがあった。そこで先日小生が購入したPixus860iの上位機種、960iの一つ前のプリンタ、950iが売られていた。価格は、価格.comの最安値と同じだが、送料が無料だったので、その分安い。
常識的には、広告費は商品代金に反映されるので、広告しているということは若干高めである、という認識が俺にはある。それを良い意味で裏切ったということで、こういうスポンサーなら、何時でも大歓迎だと思った。なお、このプリンタは6色インクなので、仕上がりはつぶつぶ感がほとんど無くて綺麗だが、インクコストが若干かかるプリンタである。
7%理論
2004/05/09
友人と三人で池袋の「ラボンダンス」に飯を喰いに行った。この友人は某メガバンクに勤めていたのだが、このたびそこをサッと辞め、母校のロースクールに合格し、弁護士を目指すという男らしい奴である。女だが。
というか、ロースクールは三年間かけて法律を学ぶのだが、その授業料と生活費を持っているということが凄い。どれほどの給料もらってたのか。そこまで行くと、もう全然羨ましくも何とも無い。
その日食べたのは、前菜が海老とジャガイモのテリーヌ、メインがウズラのソテーで中身にご飯がつまった奴。料理は素晴らしいのに、こんな風にしか表現できないのがなんとも残念であるが、その二つと、デザートまで食べたら腹が一杯なった。
ときにこのレストランには、きちんとしたソムリエが居て、かなり楽しい。料理を決めて、それに合うものを飲ませてください。というと、3、4つ持ってきてくれて、色々と薀蓄を下賜してくださる。しかも、グラスのワインだと1000円程度なので気軽に楽しめる。
それがまた、美味しいのである。俺はワインはどちらかといえば苦手だったが、この店に行くようになってからは、とても印象が良くなった。ただしいつも飲みすぎには注意を払っている。
あとフランス料理では食後にチーズを食べたりするが、あれは良く分からない。庶民からすりゃ、むしろ前菜じゃねえかなあ、という感覚である。その理由を誰か教えてくれないだろうか。
さてお会計は8000円。正直これは安い。もちろん毎週行ったとすれば3万円を超えるわけで、安くはないが、月に一度食べにいくにはなんの抵抗も無いお値段である。少なくとも、馬鹿らしい酒と冷酷な料理で愚劣な酩酊を供する居酒屋に行って、そのあと下らんカラオケなんかをして同じ値段を払うよりは数百倍も爽やかで豊饒である。
そういえば、昨日ルーターのことを書いたときに、プリントサーバが7000円でちょっと手を出しづらいと書いたが、同じ値段ながら、どうも俺はこういった友人との食事などの、目に見えないもの、貴重な時間にはあまり出費を厭わない傾向がある。まさにそれが性格というものであろう。
---ところで、性格といえば、ホームページ内のプロフィールコンテンツを他人様のお力をお借りして作成しようとした小生の試みは、僅か7通のフォームメールという結果であって、惨敗であることはまず明白である。割合にすれば7%である。まあそんなもんだろう。
その7%という数字を考えてみると、今まで知り合いになった人のうち、友人と呼べる人間になった割合もそれくらいかもしれない。
実際はもっと20%くらいあるような気もするが、それは、友人とならなかった人達のことを忘れてしまっているため、総数自体を過小に感じてしまうことが原因だろう。それはまあ寂しいことではあるが、仕方の無いことかもしれない。
これを7%理論と名付けることにした。
Planex BRL-04FWU ルータ
2004/05/08
Planexのルーター、BRL-04FWUをヨドバシカメラで買う。お値段、6279円、されどポイントを使い907円で買う。その会計の時に、なぜか販売員に勝利者のような余裕を見せてしまう。
以前使っていたルーターは、個人用のルーターのラインナップがまだそれほど無く、今と比べてやや値段が高かったころに買った物である。購入した時はさほど意識していなかったのだが、このルーターにはプリントサーバー機能が付いていて、それがやたらと便利であった。
そこで今回買うルーターも、この機能が付いているものを選ぶ。単品でプリントサーバーという商品もあるが、7000円近くするので、なかなか手が出ないのである。
さてこのルータ、ファームウェアのバグが幾つかある。一つは、あけるように設定したポートが一つしか表示されないこと。実際には設定されているのだが、表示は最新の一件しか出ない。
また、ルーターの電源を入れなおすと、そのポート設定が消えてしまうから、再度設定しなければならない。
最後に、ネットワークカードに一つ一つ付けられている固有の番号、MACアドレスというものがあるが、これを指定して(つまりマシンを指定して)ローカルIPを固定で割り振ることが出来ない。
そういう不具合は分かっていたのだが、ルーターは基本的に電源を入れっぱなしなので、設定が消えることは無いと思った。消えても、空けるポートは4、5個なので(サーバーを起動しなければ殆どあけない)、そんなに不都合は無い。ちなみにポート番号はすでにプリントアウトしてある。
MACアドレスも、ルーターがほぼ同じローカルIPをマシンに割り当てるので、サーバーマシーンがあったとしても、まあ問題ない。
また、これらの問題はファームウェアのCGIのバグなので割と簡単に修正できるはずであるから、改訂版を待つ間はこれくらいの不備は許容しようと思った次第である。要するに、それらの不具合以上に、プリントサーバ機能が便利なのである。
それから本ルーターは、PPPoEの二重接続に対応している。なので、通常のプロバイダー経由でのインターネット接続に加え、NTT FLETSが提供するFLETSにも同時に接続できる。この機能が無いルーターは一度ルーターを外して、モデムにLANを直付けしなければならない。
以前はそうだったので、別にFLETSなんか繋がねえよ。と思っていたのだが、せっかくの機能なので使用して繋いでみた。
驚いたのは、映画が4、5本、完全な長さのものを無料で見られることだ。NTTの野郎、いつの間にこんなに頑張ってるんだ。正直、そう思った。さて、ラインナップを見てみるとブルース・リーの「死亡遊戯」があるではないか。重ねて驚いたことに、3Mコースならかなり綺麗に見られる。NTTもたまにはやるなと心中で誉める。もっとやらせるように、NTT以外のサービスを積極的に検討していこう、とも思う。
あとはインターネットメッセンジャーで、音声チャットや、ファイルの送受信もできるように(UPnP)なっているはずなので、これを調査してみようと思っている次第である。
映画 「鉄男 II 」
2004/05/07
映画『鉄男II』をDVDにて観る。監督は塚本晋也、主演は前作と同じく田口トモロヲ。
前作はモノクロだが、本作はカラーになっていた。ただし、序盤を除いてその色調はかなり抑えられているし、またハイコントラストな絵作りもそのままである。
シリアスなバイオレンス描写と、どこかコミカルなストーリー、という特徴が前作よりもはっきりしている。破壊は快楽であるが、同時に人を傷つけ自分の心も傷つく。一行で纏めるとそういったシナリオである。
また、前作よりもテンポが良い。ただしあまり代わり映えしないといえば、そうである。Iよりも万人に観られるようになった、そんな印象である。
評価:★★★☆☆
プロフィール
2004/05/07
このホームページには個人のそれによくあるプロフィールが無い。それは俺が日々糞と同じように垂れ流す駄文の蓄積でもって俺の輪郭を表そうとしているからである。しかし、それはあくまで自己によってのみ形作られているものであってみれば、主観的な様相を免れない。
そこで、このホームページを見ている人から質問を集めてみようと思い立つ。簡潔な質問をずらっと答える例のアレだ。今日はじめて見たけど金輪際こんなページには来ないです。という方を除き、一人かならず一つの質問を下のフォームから送ること。なお、送ってもらうからには、全ての質問に答える覚悟である。ただし常識は忘れるな。
以上。
3割打者
2004/05/06
「たしかにブールミンは非常に魅力のある青年であった。作法も弁えていれば観察もなかなか鋭い、しかも気取りや衒いは一切無くて、皮肉が何気なしに口をついて出るといったふうで、つまり婦人に好かれる例の才気を備えた男であった。」
(ベールキン物語;『吹雪』;プーシキン;神西訳;岩波)
*******
サーバーのランニングコストは、小生が使っているXREA
の場合、大変に安い。ドメイン料金も含めて、年間3400円で、一回の飲み代にも満たないほどである。
これくらいの価格であれば、バナープログラムで賄えるだろう。そうなったらいいな。そう思って、GOOGLEのADSENSE
に申し込んだ。100ドルぶん溜まるとアメリカから小切手が来るらしい。アメリカドル、小切手・・・国際金融の臭いが、しなくは、無い。受け取ってみたいものである。もし届いたら、日記で書くとしよう。だから、1クリックぐらいは見ている人もおしてもらえると有り難い。きっと来世あたりで報われるだろう。
さていざ取り付けてみると、最初は、盲導犬とか白血病とかの広告が出ていて、もの凄く感心した。まさに我がページに相応しい、社会的意義のある広告ではないか!
と思ったのもつかの間、いきなりフェロモン香水の広告がそれにとって代わってしまった。
GOOGLEのADSENSEというのは、ページ内のキーワードであると判断されたものに類似する広告が出るらしい。ただしこのページにはフェロモンのフェの字も無い。摩訶不思議である。こんな広告はノーサンキューであるが、こうやって日記でネタにして書いてしまったら、より一層盛大に展開されるかもしれない。悪循環である。嗚呼、Jesus.H.Christ。
フェロモン香水---まずもってこれをつけてモテてやろう、という思考方法をする人間がモテる訳がねえ、と思う。そもそも、そんな効果があるんだったら、俺なら絶対秘密にする。いやまて、つけてモテまくって、もう飽きてしまったら金儲けをするな。すでにそういう御仁がいるということか。そりゃスゲエ。
まあいいや、もしか、そういう効果が人間にも影響を与えるという科学的なデータがあるかもしれない。と思って自ら見に行ったが、無かった。あったのは、香水をつけるだけではなく、明るく前向きにターゲットに接してください。とかいう当たり前の言葉だった。
モテる奴つうのは、明るかろうが暗かろうがとにかく魅力的だ。だからモテる。モテてると、また魅力的になる。まさに好循環の典型例。
だがモテるってのはそんなに羨ましいか。たしかに、理由も無く嫌われたくは無いが、同様に特に好かれようと思ったことは無い。モテない奴の僻みと思われても構わないが、女とかいうより、ただ友達であってくれればそれだけで幸いである。女、セックス、金、そういう欲望の行動原理は俺は20世紀の遺物と見なし、そこに置いてきたのである!
そもそも、俺の場合は好きな女は一人で良い。
ただし、その好きな一人をどうしても自分に向かせたくて、なんでもやってやらあ、と思ってフェロモン香水に手を出すとしたら、そういう奴の挑戦精神は褒めたい。ガッツあるな。とりあえず、相手に迷惑がかからん程度にぶつかってやれ、と思う。
ちなみに、モテなくて構わない。と思っていると、本当にモテない。これは科学的にはどうかしらんが、俺が身を持って実証しているので信じてもらって結構である。逆にああ畜生、モテてえと毛穴から血の汗が出るほど念じていれば、モテるようになってくる。たぶん、振る舞いや会話などのアピール力が自然に増してくるのだろう。
そういえば昔、つんくが言っていた。「恋愛なんか、10回のうち3回成功すれば良いんですよ。野球のバッターで3割打ってたら、上等じゃないですか。それと同じですよ。」
彼の作るグループの良さはサッパリと分からないが、ポップスターの慧眼を見た気がして、感心したことを思い出した。
人生3割打者でいいか。ただし、チャンスに強い3割打者でありたい。
ちなみに、現在はプリンタのことを書いたせいか、広告はDPEの広告である。自分でやるプリンタのコストは、18円そこらである(Pixus860iの場合)。送料などがあるだろうが、なかなか競争力のある値段かもしれない。いや、それよりも、そういう広告に変えてきたGOOGLEのプログラムが凄い。
GOOGLEは大学院生二人が始めた検索システムである。瞬く間に検索サービスのトップに君臨し、さてこのたび、IPO(株式公開)で3000億円程度を市場から集める。こいつらこそ、チャンスに満塁ホームランをかっ飛ばし、「五点」入れた男達だと思って尊敬する。
Canon プリンタ Pixus860i
2004/05/05
俺の場合、プリンターって実はあまり使わない。
学生の時は、画像ソフトでアンディー・ウォーホールの腐ったようなデザインを作ってプリントし、部屋の壁に貼り付けていたのだが、歳をとってその腐臭をかぎ分けられるようになった瞬間に、はがして丸めてごみ箱に捨ててやった。
ともかく、そんな情熱も失せ、現在ではモノクロで請求書とか契約書を出すくらいである。学生の時のプリンターからは一度買い換えたきりである。それでも、そもそも写真画質以前のプリンターなので、カラーで出す唯一の機会である写真現像もしないからますます使用頻度が減っていたという状況である。
そこでもって、知り合いの医者にチラシの作成を頼まれたので、プリンタも安くなったことだしこの際に購入しようと決意した。
さっと考えた末、購入したのはPixus 860i。モノクロ印刷が早いのと、3色でランニングコストが安いのが決めてとなった。3色の割には、専用の高級紙を使うと粒状感も殆ど無くて綺麗である。これなら、遊びで写真現像も出きる。もっと綺麗な写真画質は、写真屋にDPEで出すからほどほどで結構なのである。
あとはCD-R、DVD-Rにプリントできるのも、凝った風にはしないが、中身を印刷できるのが便利なので宜しいと思った。値段はyodobashi.comで22200円の18%ポイント還元であった。
実際に使ってみた。まず動作の音が小さい。給紙の時は、ガコっとなるが、実際にプリントしている時は、深夜出でもない限りよく分からない。さらにサイレントモードなる機能もあるので、まだ未使用だが、きっとすごく静かになるのだろう。
それから印刷速度も驚いた。速い。印刷開始までちょっとラグがあるが、実際始まるとミルコのハイキックのように速い。
最後に、お試しでフォトペーパーがついていたので、昨日掲載した金魚の写真(GW中に撮った)を印刷してみた。もの凄く綺麗で、街のDPE屋に頼むくらいならこちらでも全然いけてる。10cm以上離れると、3色のくせして粒状感が激減し、判別できない。
しかもコストはおそらく半分くらいだろう。なんというか、この進化には誇張ではなくて、度肝を抜かれた。今後、機械で現像する街のプリント屋がつぶれても、俺は全然不思議には思わない。
デジタル一眼レフの普及と、このプリンタの高性能化。そんな一億総クリエイター化が着々と進んでいる。と感じた次第である。
5月15日追記:さて、先日普通紙に「速い」でカラー印刷を行ってみた。まず印刷速度だが、本当に速い。給紙が始まってから、フーンフーンと静かな動作音で高速にプリントアウト。カラーでも結構速いというのはなかなかポイントが高い。
さらに衝撃的だったのは、普通紙にもかかわらず黒のにじみがほとんど無いことで、これは黒のドキュメント用のインクが独立してあるからだが、本当に綺麗である。正直に言って、レーザープリンターに匹敵するんじゃなかろうか。モノクロ印刷が割合として多い小生としては、かなり評価の高いポイントであった。
カメラについて (4)
2004/05/04
近頃はカメラと一口に言っても、映るんですなどのコンパクトなカメラや、デジタルカメラなどがあって、それだけ身近になっている。特にそのコンパクトさとデジタルを融合した携帯電話のカメラは人気がある。
さて俺はカメラというものは、趣味に置いて使う場合、絵を書くことの代替、慰みだと考えている。様々な撮影技法も、結局は絵にするための手段であって、これがただ絵を書くよりも用意に習得できるから便利なのである。
もちろん、容赦なく被写体を鮮明に写すというカメラならではの特徴は趣味においても発揮されるだろうが、それもまた技法の一つに過ぎない。ただしまあ絵よりは客観的描写という点で優れている部分もある。また報道などではこの特性が大いに利用される。
とにかく、そのように絵という点で考えてみると、やっぱりカメラはある程度綺麗に映ったり、技術的に表現力を拡張できるに越したことは無い。
だから、絵に興味があってカメラを触ろうとする人は、携帯電話のカメラよりも、デジタルカメラや一眼レフを使いたくなるのである。逆に、携帯電話のカメラなどを使っていて、ちょっとカメラ興味あるなあ、などと思った人にも、ぜひより可能性のあるカメラを使うことを薦めたいと思う。
実際、趣味で撮影するくらいなら、そんなに知識的に覚えることは無い。徐々に覚えていけば良いのである。そうやって、いつか(偶然でも)自分が取ったとは思えないほど素敵な写真が一枚できたら、堂々と四つ切サイズくらいに伸ばして額に入れてみよう。
もの凄い満足感がある。そして、もっと良い写真を撮ろうと思うだろう。そこで、また、色んな絵画や写真を見てみると、新しい発見がきっとある。それはまさに自分の人生をより創造的にしている瞬間であって貴重なものである。
そういったわけで、小生はカメラというものを大変ありがたいものだと思っており、またお勧めする次第であります。
生活品レビュー 「ホコリとり」
2004/05/03
まだ鼻水は大量に出るが、喉の痛みがだいぶんマシになり、熱も引いたので新宿に買い物に行く。
こないだCanonのPixus860iというプリンター
を購入したが、(後日セットアップ次第、評価を書く)そのポイントで、ブロードバンドルーターを購入する。
買ったのはPlanexという会社のBRL-04FWUである。プリントサーバー機能があるルーターであれば何でも良かった。もちろん、プリントサーバー自体も売ってはいるが、1万円近くする。
以前頼まれてLANを組んだときは、もちろん機能と安定性に優れたルーターにプリントサーバーを組み合わせた。しかし個人で使う程度なら、リブートもちゃっちゃとできる。このルーターは7000円であるから、こちらのほうが良い。この評価も後日書く。
さて、東急ハンズで、ホコリ取りを買う。1000円くらい。このグラデーションのセンスはさておき、性能は1000円に値する、と断言できる。
さっそく電化製品まわりを徹底的にはわく。ハワキは音も無くグングンとホコリを巻き込む。そうしてほこりが溜まったと思われたら、おもむろに窓からだしてぶんぶん振る。するとホコリがダイアモンドダストさながらにモワモワ出てくる。板橋にダイアモンドダスト、これは歴史的瞬間である。そうして、その綺麗な光景に心洗われて、
やったー!母ちゃん、こんなに取れたー!
と童心に帰る。あえて汚いままにしておいた俺は天才である、と瞬時に過去を正当化し、またはわきに感謝する。電気屋に「過去の貴方を天才に」とネーミングでもして売れば爆発的売れ行きだろう。
問題はこの外見である。この浜崎あゆみが腰につけているようなロケット型のオブジェは非常に置く場所に気を使う。
とりあえず。押入れにしまうことにする。
映画 「鉄男」
2004/05/03
近所のビデオ・DVDレンタルショップ「GEO」が今月一杯で、5枚で1000円および毎週火曜日半額という制度を辞めてしまった。
一瞬、これで我が映画人生も終わりよ。のぅ、サル。と織田信長風に呟いてしまったが、もちろん、少々値段が高くなったとはいえ、普通に借りても400円しないわけだから、映画館に行くよりはずっと安い。だから、今後パタリと借りなくなるということは無いだろう。
しかし、安いと大して興味が無いなあと思っていたタイトルを借りて、実際は凄く良い作品だったという意外性の楽しみが無くなりそうで、残念なことに変わりは無い。
映画『鉄男』をDVDで観る。監督は塚本晋也。この作品で、塚本は音楽や美術などといった制作に関するあらゆる役割をこなしていて、狂気にも似た情熱を感じる。主演は田口トモロヲ。現在は、NHKの「プロジェクトX」でナレーションを担当してもいる。
ストーリは、鉄に獲り付かれた男とその男を轢いてしまい恨みを買ったサラリーマンとの戦いである。人間が鉄を受け入れていない中盤まではとにかく血が良く出る。ただしモノクロ映画であるから、血というよりはオイルといった風に見せたいのではないだろうか。
後半の鉄男同士の戦闘では、全編にあるシュールな笑いがより強く前面に押し出される。また、もの凄く時間と労力をかけて撮影したのだろうという場面が沢山会って、中盤までに感じた展開のダルさは無い。
この監督の他の作品は(鉄男IIは借りたが)他に観ていないのだが、違った風な作品も撮っていなければただのサイコ野郎としか思えないほど力のある作品である。他のものも観てみようと思う。
好き嫌いが分かれそうな作品である。
評価:★★★☆☆
喉の痛み
2004/05/02
GWのしょっぱなに喉を痛めて風邪を引いた。かつてないほど喉が痛い。薬箱をゴソゴソやっていたら、ルゴールスプレー(田辺製薬)という医薬品を見つける。咽喉にピュッ。これが驚きの効用。もちろん他のヨウ素系うがい薬(イソジン等)も使用していたが、これが一番効く。
成分をみるとヨウ素0.6g(100ml中)。でんぷん反応だけが仕事じゃねえとはヨウ素も大した物よ。ただしスプレーを誤射してしまって、カーテンに付いた。紫色の染みになったのはいただけない。
しかしまあお勧めである。
映画 「マッチスティックメン」
2004/05/01
映画『マッチスティックメン』をDVDにて観る。主演はニコラス・ケイジ。監督はリドリー・スコット。『グラディエーター』や『ブラックホーク・ダウン』でアカデミー賞に輝いた監督である。
潔癖症の詐欺師の話。とあらすじを書けば10文字で終わってしまうが、脚本が素晴らしく良く出来ていて、飽きさせない。話のつじつま、展開、エンディング、すべて良く出来ている。ひとつだけ突っ込みたいのは、潔癖症のクセして加えタバコをスパスパやるところくらいだが、タイトルのマッチスティックにかかってもいるので、まあ目を瞑ろう。
ニコラス・ケイジの演技については、今までクドイ演技をするF.コッポラの甥、としか思ってなかった。本作でも少々やりすぎなところはあると思うが、コミカルな映画であってみれば、それほど違和感は感じなかった。
ともかく、この映画は万人にお勧めできる作品である。観れ。
評価:★★★★☆(+0.5)
このホームページは日記/BLOG作成CGI 「なんちてBLOG」で動作中



